んで感想の本論、というか筋についての検討、ダーティハリーがつまらなかった理由の説明になるわけですが、北村先生の指摘は大体つぎのような感じでしょうか。(1) お爺様が治安維持法につかまったり、北海道警が不祥事起こしたりしているので警察は信頼していない(ので警察ものは見ない、あるいは嫌いである、あるいは主人公たちに不信感をもちやすい?)、(2) しかしそれとは別に、そもそも(ミステリ映画やサスペンス映画として)十分スリリングじゃない、(3) 犯人像がモデルになったと思われる実在の犯罪者よりずっと無能(ポンコツ)でいきあたりばったりである、(4) 主人公キャラハンも無能で犯人とのポンコツ頂上対決である、(5) 他にもリアリティに疑問がある。
(1)は見る側の個人的な背景や経験によって映画の評価は変わってくる、ってことを明確にしているのかもしれませんね。読書にしても映画鑑賞にしても、最初に他の人に自分の経験や背景を説明するのはよい方法だと思います。読書会なんかでも、参加者がその物語に近い経験をしたことがあるかとか、それぞれが同種のものをどれだけ読んだり見たりしているのか、そういう 各自の鑑賞の背景を話しあうのはよいことだ と思います。ここの部分は文句がない。
(2) ミステリやサスペンスとしてスリリングじゃない、というのはこれはおもしろい論点を含んでいて、記事の最後でもポイントの一つとして、
たぶんみんなあまりこの映画をミステリとか実際の事件をヒントにしたサスペンスとしては見ていない……のかもしれませんが、その観点から見るとなんだかダメな犯人とダメな警察がダメダメな対決をしているだけの作品みたいに見える
と強調されています。ここはこの記事へのツイッタ民の反応でも頻繁につっこまれているところだと思うのです。
『ダーティハリー』を高く評価する人は、このたしかにこの映画をミステリー(謎とき)とは見てない。この映画では、最初っから犯人が出てきてて行動もほぼ明らかで、謎らしきものはほとんどないですからね。犯人の動機は謎のままというかはっきりしてませんが、まあ動機がわけわからん頭おかしい凶悪なやつを警察の側がどうするか、という映画ですな。
また、普通はサスペンス映画とも見られていないはずですね。サスペンスものというのはおそらく普通は犯罪の被害者の観点から描くものだと思うのですが、この映画は捜査する刑事の側から見てるのでサスペンスにはなりにくい。
ファンたちはこの映画をまずは、殴りあったりバスに飛びのるとかの危険なことをする アクション活劇 として、そして特に西部劇の 保安官もの の後裔として見ているのだと思います。そういう観点からすると、まずはアクション(殴りあいや鉄砲やバスへの飛び乗り)がかっこよく撮れているかとかそういうのが気になりますね。
それに保安官ものとしては、「正義」みたいなのの複数の解釈やしがらみをどう扱うか。警官や保安官は当然のことながら「正義」の側に立たねばならず(正義がなんであれ)、悪を倒しその悪行の報いをもたらさねばならないわけですが、そこでは法の秩序を守り、法律の縛りにきちんと従うことが求められるわけですが、一方では緊急の際になによりも被害者や弱者を保護しなければならない。保安官は権威と大きな権限をもっているけど無法な暴力を使うことは許されないので、けっこうあちこちで殴られたり苦しめられたりする。
この法の厳しい縛りと、罪なき人々の生命の保護の対立っていうのが保安官ものとかのテーマですよね。1971年の警官ものの『ダーティハリー』はそういう西部劇の伝統に根ざしているもののように私には見えます。さらに、保安官がほんとに小さな町の治安を一人あるいは数人でなんとか維持しなければならなかった西部劇の時代から時代が下って、各種の犯罪が多発する巨大都市(ロサンゼルスもやはり西部)の治安を維持するために組織として活動しなければならない1970年代では、警官の個人の権限や裁量の範囲もごく小さくなっているけど、罪のない人々の生命の価値は変わらない。むしろその価値はさらに大きくなっている。ここにドラマがあるわけですわな。
まあある作品をどの「ジャンル」に分類するかということによって、鑑賞の態度や評価の基準が変わる、という話はたいへん興味深いことで、春先にあった応用哲学会というところで、銭清弘という美学などを専門にしている先生がそういうご発表をされていて、たいへん興味深く聞いたことをおもいだしました。深刻なホラー映画としてみるとぜんぜんだめだけど、あちこち穴のあるB級ホラーとして見るとおもしろい作品、とかそういうのがあるとかそういう話だったかな。まあ映画を鑑賞するときに、それを 適切にジャンル分けして適切な鑑賞態度をとるべき である、とまで言えるかどうかはわかりませんが、考えてみたいテーマですね。
まだ続く。
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