演奏者は今日は二人ですね。ピアノとベース。ピアノの~さんは何度か聞いているのですが、ベースの~さんははじめてです。どういう演奏になるのか楽しみですね。
開演は7:30ということになってますが、この手の店で時間通りはじまることは滅多にありません。適当にお客さんが集まってから注文とか一段落したところではじまる、ってのが普通ですね。それにしてもお客さんいませんね。こういうお店はいつも集客に苦労しています。
皆さんもご存知だと思いますが、ふつうのジャズの演奏はまあまずもとのメロディーというかテーマ(通は「ヘッド」とか言いますが)を演奏して、そのテーマのコード進行に従って勝手なメロディーをその場で作って演奏するアドリブが続き、最後にもう一度テーマを演奏して終ります。ハーモニーはそのままで、テーマとは違うメロディーをその場で作曲して披露しているわけです。
聞く側のポイントは、アドリブのもとになるテーマのメロディーとハーモニーの雰囲気と長さをおぼえておくことですね。少なくとも、どこが「頭」か、つまりコーラス/歌1回分の始まりの部分であるかを意識しておくのが重要です。だいたいの曲は8小節ごとのA+A+B+AとかA + A + Bとかの構造になっているので、これをその場で記憶します。超初心者は実際に数を数えてもいい*1。
自分で作ったイントロやエンディングを加えることも多いですね。アドリブする順番は管楽器→ギター→ピアノ→ベース→ドラムの順ってことになってます。管楽器が複数いる場合は、一応トランペット→サックス→その他ということになりますが、実質的に偉い順ということになります。リーダーが最初に「この曲はこんなふうにやるのじゃ」と宣言して、子分たちはそれを参考にしたり真似したり反抗したりする、ってのがまあ正統ですな。このアドリブの上手下手を聞くのがライブの一番の楽しみ、ということになります。しかし今日は二人だけの演奏なので、そういうアドリブのキレとかよりは、二人の演奏がどういうふうに噛みあったりすれちがったりするかが聞きどころになります。
さて、始まりますね。
1曲目
簡単なMCのあとに最初の曲は、Bouncing with Budのようですね(原曲])。バドパウエルという40~50年代に活躍した名ピアニストが作ったジャズスタンダート曲、ということになります。Bud Powell, _The Amazing Bud Powell Vol. 1_ という名盤に入ってます。アップテンポで典型的なビバップ様式ですね。こうメロディーが8分音符中心で細かくて分散和音とスケールでできている。
さて、ライブの楽しみの一つは、どういう曲をどんな風に演奏するか、ってことですわね。このBouncing~は超有名な曲なので、プロのジャズピアニストは必ず弾けるのですが、バップの曲のなかでもちょっと凝っているコード進行で、難曲とは言わないまでも、そんな簡単な方ではありません。基本的にはAA’BA形式の曲ですが、キメが入っているのでそこらへんも事前に相談しておかなきゃならなくて面倒なので、まあ普通はジャムセッションとかではやらない。まあ硬派を主張する曲なわけです。
こういう曲を1曲目に演奏することによって、今日のリーダーであるピアニストは元気よくはじめると同時に、「今日は正統派バップ~ハードバップでやるわよ、でも私はそこらへんのラウンジピアニストとはちょっと違うわよ」ということをアピールしているわけですな。演奏自体も完全にバップそのまんま、というわけじゃないところでさらに個性を主張しているわけですね。ベースの人のアドリブも流麗でなかなか楽しめそうです。
聞くときの楽しみは、どの程度ビバップの様式を消化しているかってことと、AABA形式の転調Bのところをどの程度はっきり印象的に弾くか、ってところでしょうか。
2曲目
MC(司会)が入りますね。へえ、MCって Master of Ceremoniesから来てるんですね。知りませんでした。まあ小さめの箱ではどういうMCをするかってのもその演奏者の個性が楽しめてよいものです。このピアニストの~さんはそんな話がうまい方ではないですね。まあジャズミュージシャンでMCおもしろいってのは聞いたことがない。ふつうは曲の紹介とか歌物スタンダードなら歌詞の内容の説明とかそういうのしますね。
次は Along Came Betty (原曲)。1950~1960年代前半のハードバップ時代に活躍したベニー・ゴルソンというサックス奏者の曲ですね。Art Blakeyの _Moanin’_ に収録されているのが決定版。独特のやわらかくて暗い感じがする名曲ですね。コード進行が非常に複雑で、ハードバップという様式が爛熟している感じ。前のBouncing~とは複雑さがぜんぜん違ってて、15年ぐらいでジャズという音楽がこれくらい進んだ、とかそういうことを感じさせる曲でもあります。特に |A | Ab7 | G | Gb7 |半音ずつ下ってったりするところとか魅力的です。まあアドリブ初心者とかは弾けない。上級とはいわないまでも中の上以上の力が必要。この曲をやることによって、今日の方針が完全に決定されたわけですね。「難しい曲やるわよ」。まあそういうんで私はこのピアニストが好きなんですけどね。あとこの曲を聞くと誰でもブレイキーバンドの演奏を思い出すので、そこからどのような距離をとるか、みたいなところが聞きどころです。あとこういう難しい曲だと、さすがに演奏者もアドリブの途中で「うー」っとなることがある。そのときに伴奏者がそっちの顔見ていろいろコミュニケーションしたりする。助けあいしてるんですね。今日は二人とも達者なのでそういうとこはあんまりありませんでしたが。「へえ、そんな風に弾きますか」みたいな顔することもあるし。そういうのもライブの楽しみです。ベースの人のアドリブがすごくメロディアスで感心しますね。ボサノバにしてたのも印象的でした。
3曲目
ふたたびMC。このピアニストは最近CDを出してます。けっこうオリジナル曲を書く作曲家でもあります。作曲家というものはやはり自作曲がかわいいものなので、いろいろ語りたいことがあるわけですね。どんなところからインスピレーションを受けたか、みたいなのとか、自分というのはどういう人間なのか、みたいなことを語ってます。この曲は Enrico Pieranunzi というピアニストのCDのジャケットからインスピレーションを受けた、みたいなことを語ってます。イタリアの人ですね。なんかおシャレなCDジャケつけるひとなんで、なるほど、とか。それからそういうことを話すことによって、彼女自身の音楽的な好みとか出自も同時に語ってるわけですね。
曲はなかなか複雑で曖昧で、そのピエヌランツィとかブラッドメルドーとか90年代のジャズの音がします。理論とかどういうことを考えてこういう音になるのかは、私ぐらいの人間にはわからんですね。まあジャズも70年代からはアカデミックに勉強するものになって、二階建・三階建な感じ。パウエル→ゴルソン→自作曲、という順番でジャズの進化と深化みたいなのを聞かせてる感じなんでしょうね。
4曲目
1セット目最後の曲です。ふつうのライブハウスでは40分ぐらいの「セット」を休憩をはさんで2回か3回やるのが普通ですね。入れ替えはふつうありません。
Have You Met Miss Jones (原曲じゃないけど有名な演奏)。リチャード・ロジャースというミュージカル作曲家による1937年の曲です。ふつうはリラックスしてスィングする感じでやりますか。難しいオリジナルをやったので、皆がよく知っているスタンダードで楽しい雰囲気で1セット目を終りたい、ということですね。でもスタンダードとしてはちょっと変わっているところがあって、AABAのAの部分はふつうなんですがBの「サビ」の進行が異常なんですね。 |Bb | Abm7 / Db7 | Gb | Em7 / A7 | D | Abm7 / Db7 | Gb | Gm7 / C7 | 。こうめぐるましく転調する感じがおもしろい。コルトレーンの演奏のアイディアになったとかいろいろいわくがある。そこをあんまり意識させずにさらっとやるか、意識させて目がまわる感じにするかとかそこらへんを楽しむ曲ですか。
この4曲で、一応演奏者たちは自己紹介を終えたわけですね。まあなんにしても「俺らは難しいことが大好きなプロフェッショナルミュージシャンだ」ですね。
休憩
休憩のときはミュージシャンもバーで酒飲んだりします。お金のあるオジさんはミュージシャンの人に「一杯どうぞ」とかやることも多いですね。ちょっとお話する権利を獲得することができます。音楽はできなくても「俺は音楽に理解がある」みたいなパトロン気分を味わうことができるのですね。私は滅多にしません*2。
おや、へんなオジさんが来店。声がでかい。っていうか一人で喋りまくってます。ご機嫌。でもなんかやばい感じもします。ミュージシャンを捕まえてからんでいます。ミュージシャンは内向的な人が多いから外向的なオジさんにからまれるとたいへん。
まあこういうのって飲み屋さんではなかなか難しいですね。ふつうのバーとかでも、ナンパしたり隣の人に喧嘩売ったりする人いるしねえ。私は苦手です。でもそういうのも夜遊びの醍醐味ですよね。
2セット1曲目
いきなり大スタンダードのFly Me to the Moonでした (これは有名すぎて、ボーカルがいないとあんまりやらない?)。2セット目はわかりやすく楽しくやりますよ、という意思表示ですね。このピアニストの人はこういう曲を5拍子にしたりして遊んだりすることがあるのですが、今日はまあ普通にやってます。やっぱりベースの人のアドリブはわかりやすいメロディーで歌心があって素敵ですね。ベースでこういうソロをとる人はあんまりいない。やりやすい曲なので、いろいろインタープレイしてます。お互いに反応したり相手のフレーズを模倣したり。この二人はあんまり共演歴はないみたいだけど、だいぶんリラックスしてきた感じですね。
なんかオジさんは演奏中にもいろいろ叫んだりしていてちょっとあれです。まあでも演奏中にいろんな掛け声かけたりするのは基本的にはOKです。そこまでコミでジャズ。お客さんに人数が多いときは、一人のアドリブが終ったところで拍手したりして演奏に対する評価を表したりすることもあります。「イェー」とか叫ぶ人もいますね。でもまあこれもうまくやらないと邪魔だったり馬鹿にされたりする。
2セット2曲目
Like Someone in Love (これは名演が多い)。これも大スタンダードですね。3拍子にしてる。途中で倍テンポにしたりいろいろ楽しませてくれます。
バース(Bars)とかもやってます。ふつうのアドリブはコーラス(AABAの歌詞一回りぶん)を何回かやるわけですが、それを細かく4小節とか2小節とかに区切って短いアドリブを交換するわけです。相手のフレーズにどう答えるか、模倣するかぜんぜん違うのやるか、まあ早い話が直接的に腕を競うわけです。なかなかの丁々発止。
非常に重要なことですが、ジャズというのは非常に競争的な音楽です。というかこの競争こそがジャズの中心にあります。他のミュージシャンよりもうまいアドリブをとる、より速く弾く、より高い音、より美しいフレーズ、より大きい音、より面白いリズムのバリエーション、より斬新な音を出し、フレーズの引用などによって多くの音楽的知識を見せる。バンド内で常に競争が行なわれているのです。
オジさんはさらにご機嫌に立ち上がったり演奏者の前に行って踊ろうとしたりしてます。演奏者たいへん。でもあんまり実害はない感じかな。
2セット3曲目
Polka Dot and Moonbeams (バドパウエルの)。さらに大スタンダードバラード。もうこのセットは誰にでもわかる曲しかやらないよ、ということですね。オジさんはもっとアップテンポな奴をどんどんやってほしかったのかなんか不満げでもありますが、演奏自体はよいです。
2セット4曲目
こうなるともう季節的にも枯葉しかないですね。ちょっと凝ったイントロつけてます。この曲は基本的にマイルスデイビス(Cannonball Addaleyの _Something Else_ )やビルエバンスの有名な演奏とどれくらい距離をとるか、ってのがききどころになります。初心者から上級者まで誰でも弾ける曲だけど、新鮮に演奏するのは意外に難しい、っていう感じ。アップテンポにして快適でスリリングな感じになってます。両者ともに当然やりなれた曲なので、いろんな交流が見られます。かなり圧倒的な演奏で、もうオジさんが邪魔する余地はないですね。とてもよかったです。
休憩
オジさんの妨害にもめげずによくがんばったので一息ですな。ここでお客さんどんどん帰ってしまいます。まあここで10時ぐらい、女性たちなのでこんなもんでしょうか。オジさんに危険を感じたのもあるかもしれません。
これ難しいんですよね。基本的に、夜遊びしていて様子のおかしいお客さん、危険なお客さんがいる場合、さっさと帰るべきです。どんなトラブルに巻きこまれないとも限りません。
吉野家ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
Uの字テーブルの向かいに座った奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、
刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女子供は、すっこんでろ。
まあこういうのは酒場も同じですな。まきこまれないのが一番。君子危うきに近よらず。女の子だけだったり、女の子づれだったりしたらちょっとでも危険やトラブルの匂いを感じたらさっさと帰りましょう。
でもまあ私の若い頃にスナックのママから教えてもらったことがあります。「男の子がお客の少ない店で一人で飲んでいるとき、様子のおかしいお客さんが来たら、帰ってはいけません。」そのお店は基本的に女の子だけでやってる店だったし、小さなスナックとかでは時々強盗とかがあるんですね。80年代には木屋町で一人でお店しているママが殺された事件とかがあって、そういう店でよく飲んでいる男の子の仕事の一つは用心棒なんですね。まあ人数がいればへんなことにはならんし。
しかし私とオジさん以外のお客さんがぜんぶ帰ってしまいました。ピアニストがお愛想に来てくれたので一杯出しておきます。
この店はマスターがいるので帰ってもよかったのですが、まあもうちょっと聞くことにしましょう。
あれ、オジさんも休憩中に帰ってしまいましたよ。しかし、どんな箱でも最少開催人数1人ということになってるので中止はありません。ライブ続行です。(お客がいなってしまった店でどんなことが行なわれているかは知りません。どうすんでしょね。)
3セット1曲目
Billie’s Bounce (バドのバージョン)。チャーリーパーカーのスタンダードなビバップブルース曲ですね。まあジャズミュージシャンは1晩に1回はブルース演奏しなきゃならんことになっているのだと思います。しかしブルースでもどの曲を選択するか、ってのが問題なわけで、同じパーカーでもNow’s the Timeとかだとダサい。モンクのStraight, No Chaserとかだと個性的で、ウェインショーターのFootprintsとかだとキレてる感じ*3。Billie’s Bounceはまあ「ブルースやろうか」ってなったときのふつうのファーストチョイス。ジャズマンなら必ずできるけど、初心者だとたいへん、これができるとジャムセッションに参加する資格を得られます、ぐらい。今回は二人でブルース腕競べしましょう、とかそういう感じ。
まああとブルースもどういうふうに演奏するかってのが問われるわけで、今回は最初はレニートリスターノ風に片手で中低音でニョロニョロしたフレーズを弾いたりして、「ふつうにはやりません」をアピールしてましたね。
3セット2曲目
オリジナル曲。ダークマターだそうです。もとのタイトルはAgonyって曲なのよっ、でもアルバムに入れるとき暗い印象を与えるから名前変えましたとかアピールしてました。まあなんかイライラすることとか苦しいことがあるんかもしれないですね。曲の構成とか複雑な現代風の曲で、まあやっぱりアドリブの腕を見せる他に、作曲で自分の美意識を見せる、ってのがジャズマンのもう一つの顔であるわけです。最初の方はエリントンのPrelude to a Kissに影響を受けたようなメロディーラインで、なんか関係あるのかもしれない。こういうジャズチューンの作曲ってのがどれくらい時間のかかるものなのかとか、どういうこと考えて作るのかとはあんまり想像つかないのでいずれ質問してみたい。ロックの曲なんかと違って、ちゃんとコンポジションって感じの作業なんだろうって気はする。せめて楽譜がどういう風に書かれているのか知りたい気がするな。自分作曲したものを他のプレイヤーに演奏してもらうのはうれしいもんでしょうなあ。
3セット3曲目
スタンダードでIt could Happen to You (バド)。これも大スタンダードっすね。ふつうは快適なミドルテンポでやる。プレイヤーの息も合ってる感じです。言いたいことは言ったので、ほんわか楽しくなって終りましょう、ということです。でもそれなりのプレイの応酬があります。
3セット4曲目
あれ、おしまいだと思ったのにこれで終らず Body and Soul (バド)。最後に大物バラードもってきますか。驚きました。
スタンダードバラードにもいくつか種類があって、こう単に「ロマンチックねえ」みたいなやつ(2セット目のポルカドットみたいなの)と、このBody and Soulみたいな重量級のがあるわけです。まあ歌詞の内容とかジャズミュージシャンの歴史上の名演みたいなのによってそういうのが決まってる。「涙なしには聞けない」みたいにしないとならん曲、きちんと気合入れないと弾いてはいけない曲ってのがいくつかある。これで終ろう、ってのはまあかなり意欲と勇気がないとできないはず。プレイヤー間でも必ず腕競べになるそういう曲。バドパウエルの名演でも有名で、他のスタンダードもパウエル関連のが多いわけなので、今日はバドパウエル先生への敬意を全面に披露した、という感じです。
まあ期待通り気合いの入ったすばらしい演奏っすね。
まあ全体として非常にハッピーでしたね。3セット聞くのはしんどいので、ふつうの人は1~2セット、ツウは2~3セットぐらいを聞くようになってるわけです。終ったあともっと飲むのも楽しいですが、私はだいたいそのころには酔っ払いなのでさっさと帰ります。ビール3杯、ウィスキー2杯ぐらい飲んでチャージ(演奏者に行く分)入れて5000円ぐらい。
ピアニストは笹井真紀子先生、ベーシストは荒玉哲郎先生、お店はLe Club Jazzでした。それでは皆様も楽しい音楽生活を送ってください。
*1:ところが実際のミュージシャンは、AABAの曲をAABAでひとかたまりで演奏すると単純でつまらないのでAAB|AAAB|AA|ABA|みたいな雰囲気にずらしたり、もっといろんなことをするわけですが。
*2:でもこのピアニストの人を初めてバンドで聞いたときはあまりに新鮮な気分だったのでバンドの人々におごったような。
*3:まあブルースやろうっていってFootprintsやる人はいませんが。
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