本田由紀先生の『「日本」ってどんな国?』は問題が多いと思う

高校生・大学生向けの新書シリーズのちくまプリマー新書は自分自身好きだし学生様に読んでもらおうと思っていろいろめくっています。

このまえ、教育社会学の本田由紀先生の『「日本」ってどんな国?』をめくってみる機会があったのですが、ちくまプリマーとしてはけっこう問題があると思ったのでメモを残しておきます。

この本、日本を海外といろんな尺度で比較してその実際の姿を冷静に見よう、って本だと思うのですが、先生の結論は「日本は相当やばい国だ」ってものらしいです。まあそういう見方をすることは可能かもしれませんが、本当かなあ?というより、「やばい国だ」「だめな国だ」っていう指摘をするデータはちゃんとしているだろうか?

「ジェンダー格差指数」

まあ私も一応ジェンダー問題に関心があるので家族やジェンダーから見るわけですが、やっぱり世界経済フォーラムの「ジェンダー格差指数」が出てくる。「160ヵ国中120位だ!ひどい国だ!」ってやつですね。

このジェンダー格差指数は質が低くて、いろいろ問題が指摘されている指数(Google検索リンクしてます)だと思うんですよ。それをちくまプリマーで大々的にもって来られると困ってしまう。しかし、この本の問題はそれだけでない。

本田先生は58頁でこの指数の見方について説明しています。

識字率、初等教育就学率、性別出生率は「1位」となっていますが、これは日本が目立ってトップというわけではなく、これらに関してジェンダーギャップがほとんどない多数の国々の中に日本も含まれているということです。

もちろんこれはOK。しかし次はどうだろう。

中等教育就学率は、就学者の中の男女比として「女:男=48.8:51.2」という数値が使われていてこの順位〔129位〕になっています。

これはTwitterで須藤玲司さんという方が指摘していましたが、明らかな計算ミス、あるいはもっと根本的な設計ミスなんですよね。日本では(ふつうの国ならばどこでも)は男女の出生比は男子の方が少し多いので、中等教育を受けてる人数ではなく比率で計算しなければならない。日本の場合も中学はほぼ100%、高校も男女差はほとんどないはずなので、ジェンダー格差指数の129位というのは馬鹿げています。

本田先生はこれに気づいてるはずなんですよね。それなのに、 それがおかしいと指摘してくれてない 。「この順位になってます」だけで上のような事情がわかるはずがない。これどうなんですか?日本の指数での順位が低いのを強調したいあまりに、おかしな計算しているようなおかしな指数がおかしいということさえ、若者読者に説明してくれないわけです。私はこれを見てとても気分が悪くなりました。

ハラスメント

もう一個、とても気分悪くなったデータの示し方があります。

84頁からの「女性に浴びせかけられるハラスメント」の節では、「ハラスメントや暴力は、男性が女性に対して行うものだけでなく、女性が男性に、あるいは同性どうしで行われることもあります」と言われているのですが、しかしセクハラは男性から女性に対するものが多いと指摘している。とりあえずこれはほとんどの人が認めると思う。んでそのあと、国内のセクハラ関係のいろんな統計が提示される。ここまではOKです。しかしそのあとに、こういうのがあります。

日本における女性へのハラスメントは、国際的に見て多いのでしょうか?図2-7は、ISSP 2015年の調査データを使って、「過去5年の間に職場でハラスメントを経験した比率」を、国別、性別に示していますが、日本の女性のハラスメント経験率は30.7%で第3位と相当に高く、また男性と女性との間の経験率の差が10.2%と、調査国・地域の中で最大です。

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しかし、このISSPの調査での「ハラスメント」はセクハラじゃないんですよね。質問票はこうなっている1

Over the past five years, have you been harassed by your superiors or coworkers at your job, for example, have you experienced any bullying, physical or psychological abuse?

TN: Harassment at the workplace includes a wide range of offensive behaviours that are threatening or disturbing to the victim and is not limited to sexual harassment.

職場でイジメなど受けたことありますか?っていう質問。セクハラに限りません、ってはっきり断わってます。セクハラもあるだろうし、セックスと関係ないいじめやいやがらせもあるでしょうね。

たしかに、この節のタイトルは「ハラスメント」であり、直前の本田先生の文章も「日本における女性へのハラスメントは国際的に見て多いのでしょうか」っていうんだからそりゃ ウソはついてないけど、これ誤解を招きますよね 。なんでこういうことするんですか。まだこの手の本を読みなれてない高校生や大学生は、日本は男性から女性へのセクハラがすごく多い国なんだな、って思っちゃうじゃないですか。それは実態としてそうなのかもしれないけど、このISSPのデータからは見えてこないはずです。こういうのやめてほしい。やめなさい。

学校

本田先生は教育社会学者なので、やはり学校まわりの話には詳しくて勉強にはなるのですが、そこでさえなんか疑問がある。先生は、日本の教育はたしかに学力は高いけど、生徒の意欲や楽しみその他に問題がある、って言いたいようだ。これはよく指摘されていることなのでそうなんだと思います。

ただしこの件については、去年、小松光・ジェルミー・ラプリーの2人の先生による『日本の教育はダメじゃない』っていう本がちくま新書で出ていて、いろいろ検討すべき点が多いんですよね。小松先生たちは、「日本の教育はそんなダメじゃないよ」ってかなり詳細なデータを出して検討していて、私はとても勉強になりました。点を付けるなら五つ星(私の五つ星は特におすすめ、いろんな人に読んでほしいの意味)。

本田先生の本でもこの本は批判的にちょっとだけ言及されている個所があるんですが、著者名とかなしでタイトルだけ。これちょっといやな印象があります。でも問題はそこではない。

本田先生はOECDのGTIという国際比較をもってきますが、これでも日本の学校はそこそこうまくやっている。(学力比較でよく話題になる)PISAでも日本はだいたいうまくやってるようなのですが(110頁)生徒は教師からフィードバックを受けてる認識がない、みたいな話をもってくる。まあこれは授業の実態ではなく、生徒の認識、意識の話だからむずかしいですね。いくらうまくクラス運営したって、生徒はそうは思わない、みたいなのは十分ありえるわけで。

日本の初中等教育はクラスの人数が多い、っていう話が提出されて、それと都道府県の格差(数学の点数ではなく、通塾率とか自己効力感とか)が関係ある、っていう話が示される。ここらへん私は混乱しますね。ここまでの経緯から私は、本田先生はあえて都合悪いデータを隠しているのではないかとさえ疑っています(たとえば119頁のグラフ、クラス人数と数学正答率の相関は計算したのだろうか?あるいは、数学の点数じゃなくて国語や英語だったらどうなるんだろう、とかね。)。

さらに「教師は忙しすぎる」とか「ICT導入が遅れてる」とか「異常に厳しい校則がある」とか言われるんですが、なんか議論がよくわからない。本田先生がクラス人数に問題を感じているのはわかるけど、それが大きな問題であることをうまく論証できてないように思います。でもこれは専門家が議論することだろうから私は検討をパスします。

私が問題だと感じるのは、小松・ラプリー先生たちの『ダメじゃない』本では、たとえば「高校の中退率」とか、「ほとんどいじめられたことのない中2生の数」とか「学校が楽しい」「学校の一員と感じる」とか感じてる生徒の数とか、さまざまなデータを使って、学力以外でも日本の教育はダメじゃない、むしろ国際的にはかなりイケてるって主張しているのに、本田先生は、日本の教育がいかにもダメであるようなデータ だけ 示していることですね。本田先生が『ダメじゃない』を読んで意識しているのははっきりしているのに、そういうデータを あえて示さない 。教育社会学ってこれでいいんですか?私はよくないと思う。

なんのための国際比較?

他にも問題を感じた点はあまりにも多いので割愛します。あと一つだけ細かいことを書いておくなら、「男性は(配偶者の)女性にケアをたよって仕事している」みたいな話があるんですが、いま日本の男性の生涯未婚率(50歳)は25%ぐらいですよ?もう男性が結婚して奥さんに各種ケアを丸投げできてるんだ、みたいな話をする時代じゃないと思う(まあママにおねがいしているかもしれないけど)。あ、もうひとつ、 「選挙に行って自民党に投票する若者は、生まれついての勝ち組で自己中心的だ」 みたいなの(大意、211頁)2、もう誹謗中傷というか許せません!3ちくまプリマーはそれでいいのですか?

大きな話として、「国際比較」とかする場合は、そもそもどういうデータを見るべきかとか、どういう国と比較するか、みたいな国際比較の哲学みたいなのが必要だと思うんですよね。本田先生は、「日本のデータだけを見るのではなく、それを他国のものと比較します」(11頁)って言ってるけど、どういう他国と何に目をつけて比較するべきなのか、その話がない。

たとえば日本は人口が1億2000万とかそれくらいいる実は大国なので、北欧みたいな小さな国とはうまく比べられないかもしれない。人口ピラミッドも他の国に比べるとずいぶんいびつだし。人口ランキングを見ると、上から中国、インド、アメリカ、インドネシア、パキスタン、ブラジル、ナイジェリア、バングラデシュ、ロシア、メキシコときて日本。この並びなら日本はどの分野でも相当うまくやってるんじゃないかと思います。

1億以上はあとエチオピア、フィリピン、エジプト。1億を切るとベトナム、コンゴときて、やっとドイツ。ドイツ、トルコ、イラン、タイ、イギリス、フランス、イタリア、ぐらいまではまあ比較するのは意味あるでしょうね。

もちろん、別に人口だけが問題じゃないので、比較対象をどの国にするかはよく考えないとならない。文科省や厚労省とかはOECD参加国のなかからわりと意識しやすい国を選んで比較する、みたいなのよくやってるみたいだけど、それは意味があるだろう。でも単にとりあえず国際比較しましたー!ってんではどういう意味があるのかあんまりわからん。なんのために国際比較するのか、っていうのが大事で、ジェンダー格差指数の順位だのっていうのはある意味どうでもいいことだと思う。よそはよそ、うちはうち、っていうわけじゃないけど、それぞれの国でいろな事情があるのだから、一項目だけを見て上だの下だのやっても意味がない。私自身は、国際比較は自分たちの国を自慢したり卑下したりするためではなく、なにかもっとうまくやれることがないかどうか考えるたり、改善のヒントを得るために見るものだと思う。

また、比較する項目みたいなのがものすごく恣意的に見えますね。それはたとえば、教育については、この本田先生の『どんな国?』と小松先生たちの『ダメじゃない』を比較するとわかる。

さらに、国を比較するときには本田先生があげてる項目以外にも重要なやつがあると思うんですよ。たとえば国民の幸福度(幸福感)、失業率、犯罪(治安)、寿命、健康、肥満、乳幼児死亡率、富の偏り、階層間移動、言論表現の自由、税率、各種の事故での死亡者数、戦死者数などなど。本田先生はなぜこういうのをとりあげて見せてくれないのか。っていうより、失業率や日本の女性の幸福度など、本文の論述のつながりからすると あえて取り上げずにはしょっている ようにさえ見えるものさえあります。

つまり、本田先生のには、日本がどんな国であるかを考えるために、どんな国と、なにに目をつけて比較するべきか、という「国際比較の哲学」みたいなのがないのです。やってるのはただただ、日本は異常だダメな国だ悪い国だ、政治が悪い政治家が悪い、と思いこみやすいデータを並べているだけで、私の目には、それさえ失敗していると思う。別に日本にだめなところがないとか、イケてる国だとか言うつもりはないです。でもなにをするにしてもトレードオフというか、あっちをこうするとこっちがああなる、みたいな話は何についてもあるだろうから、そこらへん総合的に見てほしい。

そういうんで、この本についてはとても不満です。データぐらいちゃんとだしてください。若者に読ませたいちくまプリマー新書でこういうのやられるとすごく困る。そもそもなんで私が危険を冒してこんなこと書かなきゃならないんですか。


追記 11/22 )おまけとして、小松・ラプリーの『日本の教育はダメじゃない』から印象的なグラフを数枚貼っておきますね。買ってあげてください。(グラフの書き方はちょっと問題があるかもしれない)

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そして 彼らの(暫定的)結論

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専門外なので、詳細は私にはわかりません。でも同じようなデータをつかって同じように日本の初中等教育の水準を国際比較してるわけなので、これほど評価が違うっていうのがどうなのか、という話です。

脚注:

2

直接引用しておくと、「経済的利益を求める競争における生まれつきの「勝ち組」が、自民党を支持していると言えそうです。若者の一部で、こうしたある意味、自己中心的な層が、政権与党である自民党を支持するようになっているということは、憂うべきことかもしれません」(211頁)

3

この「ある意味自己中心的な勝ち組」の話は、松谷満先生が、自民党を支持する若者は、伝統主義や権威主義的な傾向をもっているのではなく、物質主義、新自由主義、宿命主義の三つの傾向があると分析した研究から来てるようですが、これがなぜ「生まれつき勝ち組」で「ある意味自己中心的」ということになるのは私にはその論理がわかりません。教育社会学ではそういうことになっているのでしょうか。いいかげんにしてください。

本田由紀先生の『「日本」ってどんな国?』は問題が多いと思う」への3件のフィードバック

  1. 匿名

    ラブリーと表記されてますが、ジェルミー「ラプリー」ではないでしょうか。

  2. 江口 投稿作成者

    ありがとうございます直しました……老眼やだなあ。そもそも本田先生の注でも「ラブリー」の表記になってましたね……

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