マクネーア先生の批判
Brian MaNair先生という政治学・メディア研究のひとがいて、この人猛烈なポルノ賛成派(プロポルノ)で、世界を平和にするために爆弾じゃなくてポルノ落とそうぜ、みたいなことを言うひとなんですが、APAの報告書を批判しているですわ。基本的に、APAの報告書は学問的に厳密で客観的な証拠を提示しているフリをしているが、実は単に委員たちの主観的な願望的思考と、チェリーピッキング的でミスリーディング(誤解を誘う)証拠を提示しているだけだ、みたいな批判です。ちょっと見てみましょう。
- レポートは、性的モノ化などを我々(特に女性)すべてにとって強制的に押しつけられるものだと想定していて、健康で健全な人々がそれを自発的に選択するという可能性を考慮していない。セクシー化は単に「悪いもの」として想定されている。
- 現代アメリカで「セクシー化」(あら、これはセックス化だなあ)が激化していると指摘されていて、たとえばテレビドラマ(シットコム)1番組あたり3.3回のセクハラシーンがあると指摘されているが、これらの多くは男性のセクハラを批判したり、「男性性」を馬鹿にしたりするために用いられている点を無視している。
- ミュージックビデオ(MV)では女性が単なる装飾品として登場させられていると主張しているが、そうしたMVでは男性も同様に非常に装飾的に使われている。
- 旧来のバービー人形と、よりセクシーなブラッツ人形の違いが「セクシー化」のエヴィデンスとして指摘されている。バービーの原型は第二次世界大戦後のセックス玩具であり、それが50年代には従順な金髪女子となり、Toy Story 3では怒れる金髪フェミニストとなったように、時代の 親の好み にあわせてその姿を変えられている。ブラッツは第二波フェミニズム運動〜ポストフェミニズム運動のなかで生みだされたものであり、多様な人種とルックス、そして「ポルノスター」ティーシャツや「ポールダンサーキット」などが存在することがわかるように、現代の 子供自身 の好みにあうように作られている。
- APAの報告書はmayやappear toなどの語句が頻繁に使われており、ブラッツ人形が女子に悪影響を与えているという推定は証拠のない憶念にすぎない。(なんでこの人バービーとブラッツにこだわってんだろ?ファンなのだろうか?)
まあほかにもいろいろ悪態ついてます。でも実際、どれくらいのエビデンスが提出されているんでしょうね。ちょっとチェックしてみます。
認知的・身体的能力の低下
- 自己モノ化によって意識が断片化し、認知能力が下る。女子は着替え室で水着を着て数学テストを受けると点数が下がる(Fredrickson et al., 1998, Hebl, King & Lin 2004)。論理的思考や空間把握能力も下がる.(Gapinski, Brownell & LaFrance 2003)
- 思春期ぐらいから女子は自分の数学の能力とかを疑いはじめるが、女子校ではそういう現象が見られないので自己モノ化と女子の理系(STEM)進学が少ないのは関係があるのではないか(Fredrickson & Rorberts 1997)
- 自分の身体をモノとみて、ルックスを気にする女子は、ソフトボール投げの距離が短い(Fredrickson & Harrison 2005)
正直、有名な「水着」論文なんかの、自己モノ化が認知能力を落とす、みたいな話はちょっとそのまま信用するのはむずかしそうかな、という印象です。
身体への不満、容姿不安
- 自己モノ化と自己モニタリングは、自分の身体に対する恥の感覚を増加させる(e.g., Fredrickson et al., 1998; McKinley, 1998, 1999;Tiggemann & Slater, 2001)
- 自分をセクシー化された視線で見る若年女子は容姿不安が強い (e.g.,Tiggemann & Lynch 2001)
- メディアでの理想的女性ボディを見たあとでは容姿不安が強くなる(Monro & Huon, 2005)。雑誌表紙の「セクシー」「すらっとしたsheply」などの文字を見たあとでも同様。(T-A. Roberts & Gettman, 2004).
- などなど省略
この種の調査は数多いので省略。身体に関する言及や理想的ボディ見せられると、自分の身体への不満や不安が強くなる。まあそうだろうな、って感じですね。若い女性のあいだで豊胸手術その他の美容整形なんかが流行しているのもネガティブにコメントされてます。
メンタルヘルス
自己モノ化・セクシー化と関係あるとされている女子と女性に多い三大メンヘル問題といえば次の三つ。
- 摂食障害
- 自己評価低下
- 鬱病、抑鬱状態
これも非常に多くの文献があげられていて、まあそうだろうな、ですね。
身体的健康
自己モノ化とセクシー化は間接的に身体的健康にも影響する。あげられているのは
- 身体不満と喫煙の相関(Camp, Kleges, & Relyea, 1993)(Harrell, 2002)
でした。
セックス関連
まずセックス頻度・満足度とかはウェルビーイングと強い相関があることを確認。これはそうなんしょね。んで、自己モノ化・セクシー化は健康セックスにネガティブな影響があると。
- 自己モノ化する思春期女子(白人とラティーナ)は、コンドーム使用率が低く、性的な自己主張もしない傾向 (Impett, Schooler, and Tolman 2006)
- MVや女性雑誌をよく見女子る大学生は、性的モノ化された女性像や伝統的ジェンダーイデオロギーに親和的、授乳や月経、汗などの身体機能にネガティブな態度をとりがち (L. M.Ward, Merriwether, and Caruthers 2006)
- テレビ番組は人々の性行動を正確に描いていると信じている高校生は、最初の性体験に不満足、また処女であることにも不満足 (Baran 1976)
- 一般男性雑誌や男性テレビキャラクター好きな大学(男女)は、最初のセックスはネガティブなものになるだろう予想しがち。(L. M.Ward and Averitt 2005)
- 雑誌表紙の女性モノ化的な文句を読んだ女子は、性関係に興味を失なう(T-A. Roberts & Gettman 2004)
- などなど
この項目、エビデンスけっこう数出されてるんですけど、なんか中身ちょっとしょぼい調査ばっかりな気がします。あと「態度と信念」と「女子の性的搾取」の項目があるんですが、もう疲れてしまって今日はおしまい。
証拠の強さは?
たしかに、このAPAの報告書を見ると、メディアが女性の精神衛生その他に影響を与えているだろう、っていうのは直接には言いにくいみたいですね。
メディアの影響→ 女子の自己モノ化 → 女子のメンヘルその他の問題
っていう形になっていて、メディアのセクシー化の影響によって自己モノ化している、っていう証拠は相関としてもさえ弱いし、自己モノ化 から メンヘル問題、っていう因果関係もなかなかエビデンス出すのに苦労している様子がある。相関ならまあなんとか……
あとなんといっても気になるのは、こうして列挙されているのは「女子のセクシー化」のネガティブな面ばっかりで、おそらくそれの裏側にある セクシー化のポジティブな面 に一切触れられていないのが気になりますね。「そんなものはないのだ!」って簡単には言いきれない気がする。実際、第三波フェミニズムとかを名乗る人々はこのAPAの報告書批判してますね。たとえば
- Lerum, Kari, and Shari L. Dworkin. “‘Bad Girls Rule’: An Interdisciplinary Feminist Commentary on the Report of the APA Task Force on the Sexualization of Girls.” Journal of Sex Research, vol. 46, no. 4, Taylor & Francis, July 2009, pp. 250–63.
など。もっとも、この報告書のファーストオーサーの先生なんかは、2018年に「たしかに証拠ちょっと足らんかったけど、そのあと10年たってずいぶん強力になったぞ!」って言ってます。
- Zurbriggen, Eileen L. “The Sexualization of Girls.” APA Handbook of the Psychology of Women: History, Theory, and Battlegrounds, Vol, edited by Cheryl B. Travis, vol. 1, American Psychological Association, xxii, 2018, pp. 455–72.
- Lamb, Sharon, and Julie Koven. “Sexualization of Girls: Addressing Criticism of the APA Report, Presenting New Evidence.” SAGE Open, vol. 9, no. 4, SAGE Publications, Oct. 2019, p. 2158244019881024.
なんかこれ書いてたら、「セクシー化」じゃない方がいいみたいですね。最初は「セクシーなものが強調される」ぐらいの意味で使おうとしてたんですが、困りました。「セクシャル化」かもう「セクシャライズ」か。「性化」は読みにくいし、「セックス化」じゃあんまりよくないだろうしねえ。
- 『宇崎ちゃん』ポスターは「女性のモノ化」だったのか?
- 性的モノ化とセクシー化 (1) 「性的モノ化」の議論のむずかしさ
- 性的モノ化とセクシー化 (2) 心理学分野での「性的モノ化」と「自己モノ化」
- 性的モノ化とセクシー化 (3) 女子の「セクシー化」の方が広い概念で使いやすいかもしれない
- 性的モノ化とセクシー化 (4) セクシー化/セクシー文化の実例
- 性的モノ化とセクシー化 (5) 「セクシー化」の方が使いやすいのはなぜ?
- 性的モノ化とセクシー化 (6) ちょっと書籍紹介
- 性的モノ化とセクシー化 (7) セクシー化問題の成立史
- 性的モノ化とセクシー化 (8) マクネーア先生の批判とAPA報告書をチェック
- 性的モノ化とセクシー化 (9) セクシー化/セクシャル化/自己モノ化への対抗手段
- 性的モノ化とセクシー化 (10) セクシー化の社会的影響
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コメント
そもそも「自己モノ化」とやらがいい加減なイチャモンでしかないからなあ
写真だってモノ化だろうに、モノ化ということは魂が取られるという明治時代の迷信でしょうか?(皮肉