パーソン論その後/道徳的地位

大学教員という職業はヒマそうに見えて実は忙しい。特に私学の教員とかってのは夏ぐらいしか勉強する時間がとれないんですわ。学期中は授業させてもらったりいろんな会議に参加させてもらったりその他の事務仕事させてもらったり学生様の勉強のお世話をさせてもらってりしていて、やりたい勉強をする時間がない。お盆ぐらいまでレポートの採点とかして、お盆あけてから2週間ぐらいに勉強しないとならんわけです。

まあそのあいだに秋の学会の準備したりもする。だから休みとかない。夏休みじゃなくて夏勉強。ははは。

やっぱりパーソン論まわりは長いこと気になっているので、この夏はなんとか論文何本かまとめたい、みたいなことを考えていろんな本やコピーした論文眺めてみたり。眺めてるだけ。ははは。

しかしパーソン論関係の論文は国内では山ほどあるんだけど、どれも判を押したように同じようなこと書いてないっていうかなんというか、うんざりしました。せめてお互いに参照するなり引用するなりしたらいいのに、みんな同じ限られた文献を見て同じような結論に到達してる、みたいな。正直いらいらします。この状況をなんとか変えたいとか思いなおすのでした。

まあそもそも「パーソンかどうか、その基準はなにか」みたいなことはもう古くさくてしょうがないんですわね。英米圏では誰もそんなことは議論してない。少なくとも2000年ぐらいからは、パーソンかどうか、とかって二分法で考えるよりは、moral statusとかmoral standingみたいな形で、それぞれの生命にどういう(道徳的)価値があるだろうか、みたいに議論するのが一般的な形だと思うです。

一番最初に「パーソン」の基準とか提出したメアリ・アン・ウォレン先生(なむなむ)なんかは各種の道徳的地位の基準を検討して、いくつかの原則のミックスじゃないとだめみたいね、みたいな結論になってます。道徳的行為者でありえるかとか、ホモサピエンスは特別かとか、感覚の有無とか、有機体(生物)はやっぱり価値があるわね、とか、「関係」が大事だ、とかまあいろいろある。

ウォレン先生が最終的に提出している原則は、以下の順番になる。

  1. 生命に対する敬意の原則。生命は理由なく殺したり破壊しちゃだめ。
  2. 虐待禁止の原則。殺さなきゃならない理由がある場合でも、虐待や残酷はいかん。苦痛は最小限にするべき。
  3. 道徳的行為者の原則。(理性をもっていて)道徳的に行為できる存在者はやっぱり特別な価値があるだろう。それがニンゲンであれ火星人であれ、ロボットであれ。
  4. 人権。やはりすべての人間は人間としての権利をもっている。
  5. 生物種間原則。生物種が異なっていても、ちゃんと配慮しなければならない。特にペットその他人間と深いかかわりをもっている存在者は相応の配慮を要求する。
  6. エコシステム原則。生態系も道徳的配慮の対象とするべきだ
  7. 尊重の推移律の原則。だいたい上に並べた順番で配慮していくべきである。
みたいな。まあウォレン先生は昔から直観的な議論をするのであれですが、もうパーソンなんてのにあんまりこだわってないです。そういうのはまあ70年代から動物の権利や障害者の権利とかちゃんと考えてきたからこうなってる。パーソンであろうがなかろうが、動物を虐待したりするのはやっぱり道徳的には不正だってのはみんな認めるでしょうしね。
Moral Status: Obligations to Persons and Other Living Things (Issues in Biomedical Ethics)
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中絶の議論ももうパーソンの話はめったにやらんですね。それはまた。

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