性犯罪関連法の改正とかを巡る議論で、セックス同意年齢と並んで重要なのが、日本の法律にある暴行・強迫要件というやつで、まあ現状では暴行や強迫によって抵抗を(いちじるしく)困難した、というのが「強制性交」とされるの必要になってるわけです。でも犯罪者に対して抵抗するというのはたいへんなことなので、そういう要件はもっと緩めるべきではないか、という議論があるっぽいです。むしろ同意があった(と少なくとも思った)ことの立証を容疑者の側に求めるべきではないか、というわけです。これはけっこう一理ある。イエスミーンズイエスってやつですね1。
バス先生の新しい本は、第8章でこの件に関してかなり重要な情報を提供していると思います。
女性にとって望まないセックスをされるのは非常に困った事態なので、進化の過程でそれを防止し対抗する心理的メカニズムをいろいろ獲得している。
レイプに対する(男性が想像できないほど)非常に強い恐怖や警戒がそのひとつです。また、信頼できるボディーガード役(男には限らない)を用意するのもあり。潜在的に危険な場所で一人で行動するのを避けるとか。
ディフェンス方法 | 適応的なゴール | 典型的な行動 |
ボディーガード | セックス強制者たちを抑止する | 親類、仲間、友達などを確保し密に連絡をとる |
レイプ恐怖 | 危険な状況、危険な男を避ける | 警戒、回避 |
おもしろいのが、「危険な男を避ける、警戒する」っていうのの「危険な男」なんですが、バス先生があげてるひとつは、「性的に攻撃的に見える男」。これは当然だろう。「大勢の女性とセックスしているという評判のある男」ってのもある。まあ「チャラい男はキモい!」っていうのはよく聞きますね。 「セックスについてよく話をする男」 ってのもある。まあこんなふうにブログとかでセックスセックスって書いてると当然警戒されるわよね、みたいな。やばい。ははは。まあ女子の「キモい」はなんらかの警戒の印なんでしょね。男子にはわかりにくいところがあるけど、まあそうした進化的な背景があるとなればまあしょうがないとは言わないまでも、理解しやすくはなる気はする。
んで、実際に攻撃されそうなとき、攻撃されてるときにどうなるかというと、こういう手段をとる。
注意固定 | 危険を察知する、危険を見つもる、回避手段を考える | フリーズする、緊張して用心する |
撤退 | 危険からのがれる | 逃げる |
避難する | 危険から隠れる | 安全な場所に移動しとどまる |
緊急信号 | ボディーガード役に知らせる | 叫ぶ |
防衛的攻撃 | 攻撃して抵抗する | 闘う |
譲歩、懇願、服従 | 攻撃を抑止する、攻撃の危害を減らす | 従属、服従 |
擬死 | 逃げられない場合は被害を最小にする | 身体的マヒ |
これの後半の方がものすごく重要に思えますね。性的な攻撃をされて、もう逃げられないとなれば、被害を最小限にする必要があり、女性はそれに適応した心理的メカニズムをもっているかもしれない。攻撃に対して(不十分でも)身体的に反撃できれば被害者になることをかなり防げるという研究もあるようですが、そうした行動をとれる人はすくない。そこでしょうがないのでしぶしぶ服従して殴られたりしてさらに被害を受けるのを避ける。さらには天敵に捕食されそうな動物(たとえばネコに睨まれたネズミ)のように、 仮死状態(擬死、Tonic Immobility)になってしまう 。これ実際に体温や心拍が下がったりする生理的な反応があるみたいです。
つまり、さまざまな事例研究と進化心理学的な観点からすると、「望まないセックス/性的な暴行を加えられそうなときに抵抗する」みたいなのは不可能な場合がかなりありそうなわけです。実際にそうした事例の問題は国内の裁判例でも見ますね。現状では加害者の方としては「なにも抵抗しなかったから同意していたと思ってた(したがって犯意はない)」みたいな弁明が可能になっているわけですが、それではうまくいかない事例は多いのかもしれない。
もっとも、最近の判例では「抵抗」の要件はかなり軽いものになっていて、女性の方が不同意だったと判断できるようなものは有罪になっているという話を聞きますが、それでも罰しもれてしまうケースはあるかもしれません。もっとも、あらゆる犯罪行為をすべてもれなく罰しようとすると冤罪も増えてしまいそうなので、ここはむずかしいところです。同意の有無をどう判断するかというのはとても難しいですしね。
シリーズ
脚注:
何回も貼ってるけどこれ書いてます。「「ノーはノー」から「イエスがイエス」へ : なぜ性的同意の哲学的分析が必要か」 http://hdl.handle.net/11173/2419
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