男らしさへの旅 (6) 「吹きあがる男性を冷却」は気になるが、男は黙って話を聞くべきだ

(前からのつづき)というわけで、だいたい男性学がどういうのので、どういうふうであるべきと考えられているのかっていうのはそこそこ納得はしているのですが、気になるところもあるんですよね。次のは澁谷知美先生の文章(澁谷知美 (2019)「ここが信頼できない日本の男性学」、『国際ジェンダー学会誌』第17号)。

……信頼に足る男性学がどのようなものであるかを示しておく。「男の生きづらさ」を言うなら「男の特権のコストであることの指摘」、「特権解体のための考察」と必ずセットでなされるべきである。また、実践面では、「女性/相対的に弱い立場にある男性の邪魔をしない男性の養成」を指針とすべきである。

具体的には、

  • 〈生存レベル〉において女性を従属させることをやめる
  • 女性や相対的に弱い立場にある同棲への加害を誘発する男性性の分析、加害抑制のよびかけ、加害をしない次世代の育成
  • 稼得役割の獲得に失敗した男性、あるいは獲得に固執する男性を「冷却する」言説の開発

とかが男性学の課題であるべきだそうです。「生存レベルでの従属」もほんとうにそうなっているのか気になりますが、この最後のやつがものすごく気になる。

社会学者のゴッフマンによれば、詐欺師集団では騙したカモが警察などにかけこむのを阻止するために「冷却者 cooler」がいるという話です。これまた社会学者の竹内洋先生によれば、メリトクラシー社会でも競争に負けた人々を冷却する必要物らしい。

ジェンダー公正が貫かれる社会を、詐欺行為や、詐欺まがいのメリトクラシー社会と同等視するわけではない。しかし……ジェンダー公正を実現し、維持するためには、「男性に期待される社会的達成」を得られなかったり、得ようとして無理をしたりする男性をなだめ、「冷却する」ロジックを開発することが必要である。異性の恋人や配偶者を得られないため、あるいは稼得役割を達成できないために吹き上がる男性、期待どおりの人生を歩めなかったために女性憎悪に走る男性などを、「まぁまぁ落ち着いて」などとなだめるのである。/「結婚したいのにできない男性」が今後増えると予想される現在、冷却作業の必要性はより高まっている。……未婚でいることは人生の敗北を意味しないこと、稼得役割を遂行できないからといって人間としての価値が低減するわけではないことを懇々と説き、ジェンダー公正の実現が阻まれる要素をできるだけ打ち消してゆくべきである。(澁谷 2019, pp.43-44)

これはなんかすごいと思いましたね。ジェンダー公正を徹底するために不平不満をもらす男どもを黙らせろ、っていうことじゃないですか。ここでいう「ロジックを開発」というのは、論理というより不満をもつひとびとをなだめすかす説得方法、レトリックでしょうね。それは社会運動としては必要なんでしょうが、学問として必要なのかどうか私にはちょっとわからないです。そんな人を黙らせようとするロジックだか言説だかをわざわざ開発する必要はないと思う。そもそも、そうしたロジックなりレトリックなりで人々の不平不満がおさまるののなら、最初からジェンダー公正なんてものさえ必要ないのではないか、ロジック開発すれば不満をもつ人々も黙るのではないかとさえ思えてしまいます。

まあそもそも最初に気になった小手川先生の2019年の「「男性性」自己欺瞞とフェミニズム的「男らしさ」論文も、最後はこうなってるんですね。

自分に見えている現実とは異なる現実を教えてくれるものとして、女性や性的マイノリティの声に耳を傾けようとするなら、そうした人たちが発言しやすい場をつくり、「でも、それは…」などと口を差し挟むことなく、彼女たちの声を自分の声と同等なものというよりも、むしろ自分の声よりも重いものとして聴かなくてはならない。

……歴史的・社会的により多くの特権性をもつ立場にいるのが男性たちであるなら、自分の特権性に気づき、口を挟まずに他人の声に耳を傾けるようなあり方も、まずは男性たちに課されている「フェミニズム的男らしさ」と呼べるであろう。(小手川 2019, p.193)

「男は黙って女たちの話を聞け」な感じで、まあたしかに、男らしい……なんか読んでもすぐに「でもねえ」とか書いてしまう私がフェミニズム的に男らしくないだけでなく根本的に男らしくないのも当然だと思ったのであります。まだまだ修行をつまねば……


ちなみに、他人をどうやって黙らせるかっていうのは、次の本がとても役に立つので黙らせたいひとと黙らされたくない人は目を通してみましょう。

賛同するかどうかはともかく、ファレル先生あたりの言うことも聞いてみるのもよいと思う。嫌いな人々、反感感じる人々の言うことこそ聞くべきだ、っていうのは男らしいはず!

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