ビヨンセのIrreplaceableは、「おまえのかわりはいくらでもいる」という歌か

この前、リーヴ・ストロームクヴィスト先生という人の『21世紀の恋愛:いちばん赤い薔薇が咲く』っていう本をぱらぱらめくり直してたんですわ。話せば長くなるけど、瀧浪ユカリ先生の『わたしたちは無痛恋愛がしたい』っていうマンガを読んでたら、作中で紹介されてたからですね。どうも「無痛恋愛」っていうキーワードは、このストロームクヴィスト先生の本から来てるらしい。

まあそれはそれでいいんですが、この本はなかなか奇っ怪な本で、ちょっと読みにくいので、あんまりおすすめする気はないです。主要な主張としては、恋愛で感じられる相手の「唯一性」みたいなのが現代社会では失なわれてしまっている、みたいな指摘ですかねえ。サン=テグジュペリの『星の王子様』の王子様は一本の薔薇を愛するわけですが、薔薇なんかそこらにたくさん生えて(あるいは栽培されて)大量に咲いてるわけで、その一本の薔薇が特別な理由なんかない。むしろ王子様がその一本を愛することによって、薔薇は特別に赤くなっているのだ、みたいな話ですか。まあこれは恋愛における唯一性・代替不可能性みたいなのにまつわる話で、哲学者も好きなネタです。ハルワニの『愛・セックス・結婚の哲学』も読んでくださいね。

前置きが長くなっちゃったんですが、この本の真ん中あたりで、ビヨンセの「Irreplaceable」っていう曲が話題になってるんですよ。これについて、ストロームクヴィスト先生は次のように言う。

この曲はテーマソングだといってもいい。本屋や歌や映画など、いたるところで売られている、「どういう態度で恋に挑むべきか」という、ある種の愛のとらえ方を讃える歌だって。

このとらえかたはいわば「自己強化フェミニズム」で、これまでとは違う考え方で行動せよと、女性を再教育するのが目的だ。そうすれば女性たちは、(1) 自由になれるし、(2) 幸せな愛をつかめるから。

これを《あんたのかわりはすぐに見つかる主義》と呼ぶことにしよう。(p.101)

ということです。先生によれば、この「かわりはすぐに見つかる主義」は、(1) 決めるのは自分(女性)、(2) 行動次第で無痛恋愛は可能である(恋愛で苦しまずにすむ)、(3) 自分が一番大事、強く自分であることが大事、(4) 恋愛は公平・対等であるべき、という発想だそうです。よさげな主義じゃないでしょうか。(p.101)

まあたしかにビヨンセ先生は「あんたのかわりはすぐに見つかる」って歌ってるけど、それって真に受けていいのかなあ。

歌詞はここらへん→ https://ameblo.jp/rika072807/entry-11506471613.html

これ、すごく2000年代らしいし、ビヨンセらしい曲ですよね。すばらしい。

「左よ左」って何言ってるのかと思えば、「荷物まとめてさっさと出ていけ、私のものには手出すんじゃないわよ。あんたは私のことがわかってない。あんた、私が買ったジャガーで女とカーセックスしたわね。自分のことを、私にとって代替不可能だなんて思うんじゃないわよ。すぐに新しい男なんか見つけられるわ。」とか、そういう感じですか。

でもこの歌、単純な「かわりはすぐに見つかる主義」賛歌じゃない気がします。そう捉えるには、いくつかひっかかりがある。

第一に、なぜ歌詞は「代替可能 replaceable」じゃなくて「代替不可能 irreplaceable」なのか。たしかに歌詞は “Don’t you ever for a second get to thinking you’re irreplaceable”、「一瞬たりとも、自分が代替不可能だなんて考えるなよ!」って歌ってるんですが、このセリフのirreplaceableをタイトルにするかな。”I can have another you”ならいいけど。(ジャズのスタンダードにThere will never be another youっていうのがあって好きです。)

第二に、最初の”to the left, to the left”はクールでかっこいい。すごい印象的。それに”You must not know ‘bout me”もクール(どちらも二回ずつ言ってる)。

しかし、”I can have another you by tomorrow, so don’t you ever for a second get to thinking you’re irreplaceable”のところはメロディーラインが高まっていて、ひっくり返ってるとさえ言ってもよい。めちゃ感情入っての「irreplaceable」ですわねえ。聞き方によっては、”you’re irreplaceable!”って歌ってるようにさえ聞こえる。これはすばらしい。

ポップ楽曲においては、歌詞そのものに加えて、その音楽的な実装みたいなのがどうなっているか、っていうのも鑑賞のポイントだと思うんですよ。「お前は浮気したから出ていけ」「だめな男とは別れるべきだ」とか、そういう理性的な判断だけでは歌にはならない。それに、さまざまな感情や言っていないことを載せたものを鑑賞したいものです。

私の解釈では、この主人公はだめな男を追い出して新しいパートナーを見つけるべきであり、男を追い出すのはまったく合理的で理性的ですが、それでも感情的には苦しい思いをしているわけですよね。「あんたのかわりはいくらでもいる」っていうのは理性の話で、感情の話ではない。でもここは別れるべきだし、そういう判断に従う。そういう(伝統的な黒人社会での)女性の強さを描いている名曲だと思うんですわ。すばらしい。

ずいぶん前にテイラー・スウィフトさんの”We are never ever getting back together”をディスったことがあったのを思い出しましたが、あれとは迫力が違いますね。ビヨンセさんはキッチリ別れてくれると思います。

ちなみに、スウィフトさんがこの”Irreplaceable”をカントリーにカバーしているバージョンがあるんですね。これはいい。

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