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川谷絵音先生はおそらく鬼畜です

川谷絵音先生っていうのは去年の紅白のゲス乙女のパフォーマンスではじめて聞いて、すごい強い印象を受けてCD借りて聞きましたが、ものすごい天才っすね。もう夢のようにすばらしい曲を書くし歌はうまいし。

最近女子大生の人と話す機会があり、おすすめの音楽を教えてもらったらindigo la endとかってことで、「ゲスの曲は暗かったりするけどインディゴは爽やかな感じ」とかいってて驚きました。爽やかっていうのとはちょっと違うんじゃないかと思う。代表曲を使って歌詞読解してみたい。

 

一度だけあなたに恋をした
たったそれだけの話です

その人は女子大生なのでわかりにくかったかもしれませんが、歌で時々でてくる「一度恋をする」っていうのは単に「いいなあと思った」って意味ではないですわね。こういう1回2回って数えられる恋っていうのはもっと肉体的なもの、むしろ1回だけmake loveした、とかそういう意味っすわ。いわゆるワンチャン、ワンナイト。

僕は星の数ほどの記憶を
忘れそうになっては思い出す

1回だけなのでこの「記憶」はその相手に関する記憶ではない。「僕は星の数ほどの人とエッチな記憶があって、あんまり数が多くてすぐに忘れちゃうんですが時々思いだします」の意味です。

バイトのユニフォームの
ポケットから出てきた
何てことない手紙であなたを好きになったんだ

この「バイトのユニフォーム」がちょっと微妙なんですが、ポケットからなんからの紙が出てきて、たいしたこと書いてないらしい。それは本当に手紙だろうか。

解釈(1) 女子はなんか電車とかでバッグに電話番号書いたメモ投げ入れられることがあるっての聞いたことがあります。居酒屋とかのモテモテバイトのエプロンのポケットに、「つきあってください」とかって手紙がはいっていた。これ女子だったらありそうだけど、男子はありそうにないっすね。まあそれに「なんてことない手紙」ではないだろうし。

解釈(2) その手紙の内容は「今日は楽しかったです。また来てください」みたいな名刺みたいなやつである。私あんまりもらったことないですが、ガールズバーとかキャバクラとかそういう場所ではそういうの帰り際に渡すらしいじゃないですか。

甘い夕景が包む空気で
だんだんと忘れていた言葉思い出したよ

夕方その手紙を見て、昔1回そういう関係になった女子のことをおもいだしつつあるんですね。

潤った愛す声で/夢から覚めたら恋をして
夜明けの街であなたにサヨナラを/歌った
潤った愛す声で/夢を潜って溺れた
夜明けの街はいつだって/あなたを隠してる

「潤った愛す声」っいうのはものすごくエッチですね。まあその女子とのエッチな行為を歌っている。「夜明けの街でサヨナラ」なので、おつきあいは夜っていうか深夜っていうか。「夢を潜って溺れる」とかってのもなんか水っぽいというか汁っぽいというかいいねえ。夜明けの街はあなたを隠している。この女子はいつも夜明けの時間帯にどっかで行動しているわけです。あるいは待ってるのか。

涙落ちる音がレコードを擦り切れさせたって
冗談を言いながらハンモックに揺られる老後でも
あなたを思い出し
また会おうと考えて
くだらない理由をつけてこのまま眠りにつくのかな

「涙」もも水っぽいですね。
「あなたを思いだしまた会おうと考えて」、つまりその夜に活動している女性にもう一回会いに行こうかと思ったけど、「くだらない理由」、たとえば「今日はお金がないなあ」とか「眠いからいいや」とかそういう理由で寝ることにしたわけです。

甘い夕景が包む空気で
だんだんと忘れていた言葉思い出したよ

……

甘酸っぱい世界で僕はあなたに恋をした
傾く夜を尻目に今日も会いに行く

この相手と会ったのは甘酸っぱい世界
甘い夕暮れから夜が傾くときに会え、夜明けの街でサヨナラするのです。

潤った愛す声で
夢から覚めたら恋をして
夜明けの街であなたにサヨナラを
歌った
潤った愛す声で
夢を潜って溺れた
夜明けの街はいつだって
あなたを隠してる

まあそういうわけで、ぜんぜん爽やかではなく、星の数ほど遊んでる人が、ナイトワークの人と、一回恋をした、という曲ですね。それにしても名曲。

でもまあこういう解釈すると、好きな人の一部は怒るかもしれません。怒らないでー。もっと別の解釈もあるかもしれんし。そっち正しいですよ。

 


歌詞のダブルミーニング、そしてトリプル:「雨あがりの夜空に」の場合

まあ、昨日「君の名は希望」について書いてみたように、私趣味で若い人々に歌詞の解釈を示して鑑賞のしかたを教えてるふりしつついろいろ押しつけてみたりするのが好きなんですが、歌詞が幾通りかの解釈ができるようにする、ダブルミーニングって技法はまあ作詞の基本ではあるわけです。これあんまり意識してない人は多いようですね。

私が若い人にそういうの教えるときに一番わかりやすい例として使うのは、RCサクセションの名曲「雨あがりの夜空に」ですね。ものすごい古い曲だけど。

 

歌詞は http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=36578 あたり。表面的には、ポンコツの愛車が動かなくなってしまって困った、また愛車に乗ってぶっとばしないなあ、ですわね。

私この曲ラジオもついてる大型バイクの曲だと思ってましたが、いちおうキヨシローの当時の愛車の日産サニーであるということらしい。実は私の最初の車も東北電力でこきつかわれてからいったん廃車された日産サニーでした。友達に貸したら事故られてぽしゃって阿弥陀様のところにいってしまった(友達は運よくほぼ無事)。お浄土で楽しくやってるかい俺のサニー。

でもこの曲には当然すぐにわかる裏の意味があって、彼女とのうまくいかない関係を歌っている。知恵袋でこんな質問がありました。「 「雨あがりの夜空に」とかいう曲、女性をなんだと思ってるのですか」

まあこの曲は、女性に乗りたい曲なわけでもあるわけです。俺のバッテリーはビンビンだからいつものようにキメてぶっとばそう。そりゃ時々ひどい乗り方したけどおまえはそれも楽しんでたじゃないか。こんな自堕落な生活は続かないとかっていってお前は去って行こうとするけど、まだまだ楽しめるじゃないか。おまえについているラジオのつまみ(2個?)をまわすと感度ビンビンでどこまでもいい音させるぜ。あー、今日は発車したいぜ。

これではまあいまどきの時代状況においては、女性怒るかもしれませんね。まあ時代も時代だし、こういう男っぽい、男性中心な勝手でだめな愛と性欲のを歌うっていうのは、黒人音楽の由緒正しい伝統である。男くささ、ブルースとソウル音楽へのリスペクトをこめて、あえてこうつくる。

でもね、この曲はそれだけじゃないんよ。RCサクセションの歴史を見るとわかると思うけど、このバンドはキヨシローが中心とはいえ、貧乏なときからがんばってきて、もう解散しよかってときに井上陽水の「氷の世界」に「帰れない二人」を提供してなんとかそれで食いつないで、売れるためにフォークグループからエレキバンドになったりして、ものすごい苦労しているわけですわ。

その途中で数人のメンバー、特に1977年に破廉ケンチを失なっている。そのあとだんだん売れ出すのね。雨あがりの夜空には1980年に発売だけど、そのころの別れのことを歌ってるんだって私自身は思ってる。

若いからライブや打ち上げ飲み会でひどいノリかたしたりでどろどろ。貧乏ななかバンドやってても、「こんなこといつまでも長くは続かない、いい加減明日のこと考えたほうがいい」ってどうしても考えちゃう人はいるわね。明日の見通しもなくて生きられる人は少ない。でもキヨシローは「おまえまでそんなこと言うのか、おれらロックするんじゃないのかソウルはどこいったんだ」ってやったんだろうねえ。バンドなんとか続けようじゃないか、もうい一回ライブしようじゃないか、おまえがいなくなったあとにおれたち少しは売れてきてるぜ、おまえといっしょにやれなくて本当に残念だ、なんでいっしょに続けてくれなかったんだ、そういう歌だと理解してます。でもエロもいい。やっぱり女にも乗りたい。

歌詞っていうのはそういうふうにできている。

そういや、みうらじゅん先生の『アイデン&ティティ』は、そういう感じのだめなバンドマンを描いたロック漫画の最高峰だから必ず読むように。

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みうら じゅん
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乃木坂の「君の名は希望」は悲しい名曲(あるいは最高のキモ曲)

戸谷洋志先生という若手の哲学の先生が『Jポップで考える哲学』っていう本を出版されたので、ポップ音楽大好き哲学ちょっと好きとしてさっそく読んでみました。歌詞の分析ものは好きなんよね。流行音楽の歌詞使いながら、大陸系の哲学っていうか実存主義系の哲学を紹介していく、っていう趣向で、そういう哲学に興味ある人はぜひ読んでみるといいと思います。選曲がなるほどって感じで(私の好みとは違うけど)おもしろかったです。

こういうのは実際にその音楽聞いてみないとなんないのでそれぞれ聞いてみているのですが、乃木坂の「君の名は希望」っていうのは驚くほど名曲でしたね。アイドル関係ぜんぜん知らなくて今回はじめて聞いたんですが、とても強い印象を受けました。ツイッタでつぶやいたら、数人「それ評判の名曲っす」みたいな反応してくれて、なるほど。

非常に感心したので、私なりになにを聞いたか、っていうのを書いてみたい。

歌詞はここ。 http://j-lyric.net/artist/a0560d3/l02c306.html

僕が君を初めて意識したのは
去年の6月 夏の服に着替えた頃
転がって来たボールを無視していたら
僕が拾うまで
こっちを見て待っていた

これが中学なのか高校なのか、っていうのがまず興味深いところですね。どっちがいいんですかね。私は最初中学生2年か3年かって思いました。

制服が夏服になったってことなんでしょうけど、これ男子的にぐっと来るところがあると思うんですわ。女子高生の制服好きでしょうがない、とかって先生がネットで話題になってましたが、まあそういうの抜きにしても、夏服になると女子の体の線とかが下着とかがわかりやすくなってあれだ、っていう人はいるでしょうな。中学1、2年生男子ってそういう感じ。女子から見るとここらすでにキモいかもしれないっすな。

ボールがなんのボールかってのもよくわからないけど、すぐあとにグラウンドの話が出てくるから、ソフトボールぐらいっすかね。その場合は女子は制服じゃなくてユニフォームなる気がする。あるいは外や屋上でバレーボールとかしてたのかなあ。いやまあソフトボールぐらいで。テニスだと「コート」になるわね。

この「拾うまでこっちを見て待ってた」っていうのをどう解釈するかが最大のキーですわね。「すみませーん、お願いしまーす」、顔見知りだったら「ごめーん」ぐらいがふつうだと思うんだけど、そういう声がかからない。「こっちを見て待ってた」って本人は理解しているけど、キモくて近づけないのかもしれない。

しかし女子っていうのはもう一方のタイプがいて、男子は自分の言うことを聞くのが当然である、のような態度をとる人も少数ですがいますわね。なんでさっさと拾わないのよ。拾うまで睨んでやる。エヴァンゲリオンのアスカみたいなタイプ。どっちなんかね。私はアスカ連想しました。

透明人間 そう呼ばれていた
僕の存在 気づいてくれたんだ

この少年は非常に気が弱いし、なにも目立つところがない。なにか特別なところがあればとりあえず透明ではなくなるからね。口数少ないし、なにより友達も少ない。っていうか友達いないんちゃうか。なぜ友達いないのにグラウンド(あるいは屋上か)に一人でいるのか。

暑い雲のすき間に光が射して
グラウンドの上
僕にちゃんと影ができた

これすばらしいですね。秋元先生は天才的だと思う。私雪国で育ってて、雪国では冬の間は影がなくなっちゃうのね。曇りが多いし、雪の上では影はっきりしない。雪の乱反射が、太陽の光より強いからか、影できてもくっきりしないんよ。中学生のときにはじめて2月末ぐらいに東京に行ったら、雪がなくて影があってものすごい新鮮でしたね。「おう、久しぶり」みたいな。

この歌詞では、上の戸谷先生が指摘しているように、ボールをはさんで女子に「そこにいるな」って思ってもらうことによって、透明人間じゃなくなってはっきりした影のある人物になったわけですわね 1)ただ、最初この歌詞聞いたときにはわからなかったけど、ここは仕掛けがあるかもしれなくて、「影」は「陰」(かげ)でもあるかもしれない。表も裏もある人間になったとか、邪悪な欲求に目覚めたとか。ははは。でも恋愛ってそういうところあるじゃないっすか。ないっすか。まあ「ちゃんと」影ができたんだからまあふつうに解釈した方がいいっすね。 。でももし女子がアスカだったら、名前もなにもおぼえてないでしょうね。ただのその他大勢の名無しの下僕の一人。

いつの日からか孤独に慣れてたけど
僕が拒否してた
この世界は美しい

ここ見るとまあ中学生じゃなくて高校生なのかな、っていう感じもします。ゲーテのファウスト先生っすね。この「世界は美しい」って感じいいですよね。あれじゃないすか。秋冬に調子悪いときは灰色に見えてるけど、初夏とかで調子あがってくると山の緑とかがぐっとものすごく鮮かに見えたりするじゃないっすか。そういう感じ。

こんなに誰かを恋しくなる
自分がいたなんて
想像もできなかったこと
未来はいつだって
新たなときめきと出会いの場

ポジティブでいいっすね。ところがこのあとの

君の名前は「希望」(きぼう)と今知った

が気になりますね。ふつうはノゾミさんだよねえ。そして「今」ってのはいつなんだろうか。これが最大の謎。

わざと遠い場所から君を眺めた
だけど時々 その姿を見失った
24時間心が空っぽで
僕は一人では
生きられなくなったんだ

まあ遠くから見る感じね。憧れの女子。でも、時々遠くから見てうれしい、って思うんじゃなくて、四六時中(っていうか「24時間」)じーっと見てて見失うわけっす。ちょっとあれですね。おそらく一言も会話したことさえないんじゃないだろうか。名前さえ知らないんだし。そうなるとこの「愛」って何なんだかどうだかよくわからんわねえ。

んでコーラスくりかえし。やはり「今知った」の今がいつなのか気になる。この歌が発売されたのは3月らしくて、実は卒業ソングらしいわけです。卒業式で「〜希望くん、おめでとう」とかやったときにやっと名前を知ったということですかね。まあ「ノゾミちゃん」だけど漢字で「希」か「望」か「望美」かわからんなあ、とか思ってたら「希望」って書くのかあ、ぐらいですか。でもそれにしても去年の6月に「素敵だな」って思って、3月までずーっと見てるのに、名前さえ知らない、っていうのはこれはかなりやばいのではないか。へたすると1年半?もっと?

孤独より居心地がいい
愛のそばでしあわせを感じた

人の群れに逃げ込み紛れても
人生の意味を誰も教えてくれないだろう
悲しみの雨 打たれて足下を見た
土のその上に
そう確かに僕はいた

ここもいいですね。この少年は、雲間から日が射してきてもすぐに地面の影を見るし、雨に打たれても雨や前方を見るんじゃなく、地面を見る。いつもうつむいている。いいねえ。

ここらへんから、この曲なにがそんなに私にうったえかけるのか、って考えたら、この曲、曲調はいちおう全体に単純なメジャーコードで埋めつくされてるけど、すごく否定形の表現が多いんですね。心理学とかでは、発言や書いた文章のなかにどれくらいポジティブな言葉やネガティブな言葉が入ってるかを数えて性格を評定する、っていう手法があります。

この歌詞見てみてみると、「拒否」「できない」「見失なう」「空っぽ」「生きられない」「逃げ込む」「紛れる」「教えてくれない」「雨」「切ない」「振り向かない」「叫び」「想像もできない」とかものすごく否定や限定が多くて、半分ぐらいの行はそうですね。これは多い。「忘れない」のようなポジティブな内容のも否定形になってる。こういうの、肯定の「おぼえてるよ」って表現する人はポジティブだと思う。

もし君が振り向かなくても
その微笑みを僕は忘れない
どんな時も君がいることを
信じて まっすぐ歩いていこう

楽曲的にはここものすごくいいですね 2)検索したら、この曲ソナタ形式だとかって書いてる人がいるけどそうではない。 。乃木坂のメンバーの最高音域つかって、声がちょうどひっくりかえってしまうところで、「もし振り向いてくれなくても」「どんなときも」って思いっきり言わせていて、テンパってる感じがいい。

んで最後のコーラスに行くんだけど、その前の「真実の叫びを聞こうさあ」んところで転調して半音高くなってますね。よくある手法ではあるんだけどすごく効果的で、私何回聞いてもここで感動しますね。作曲の先生にやられたって感じ。

友達が一人でもいれば、「あの子の名前なんての?どこのクラス?」ぐらい聞けるわけじゃないっすか。「え、なんだよ、お前A組のノゾミ興味あるの?人気あるぜ、高校生とつきあってるとかって話」「えーノゾミ知らねーの? この前オーデション受けたってよ」みたいな話ぐらいするだろうに、そういう友達もいないまま。私には、「君の名希望と今知った」っていうのはほんとうに絶望的な言葉のような気がします。明日にはもしかしたら希望があるかもしれないけど、いまここには、いまごろ名前を知った、名前さえ知ることができなかったという絶望しかない。

いちおう3回歌われるサビの部分(「こんなに誰かを〜」の部分)はメジャーコード(Eb、最後はE)に解決してるんだけど、1回目はストレートだけど2回目はメジャーのあとにFmとかGmとかにすぐマイナーにチェンジしてるし、最後もウワーってメジャーで終りそうなところをやっぱりC#mとかのマイナーコーオはさんでから「明日の空 うぉうぉうぉ」ってあんまりハッピーじゃなく終ってるっしょ。これはメジャーな印象とはうらはらに、ものすごい悲しい歌っすよ。でもそれでも我々はまっすぐ歩いていかなくちゃならんのです。

さて、まあこれ主人公が中学生ぐらいの少年ってのでやってきましたが、それを示唆する情報はぜんぜんないのね。気の弱い少年が街の人込みに紛れ込むなんてことがあるのかどうかもよくわからない。そういう子は、学校終ったらすぐ家に帰るんじゃないだろうか。いやな感じになってきましたね。

たとえば主人公がいろんなことに絶望している50才独身男性、ってことだってあるわけです。なんで学校のグランドの片隅にいたのかはわからないけど。それだったら名前知らなくてもしょうがないですよね。そんで24時間監視してたのか。やばい。そうなると「今知った」の「今」っていつやねんという話になり、実は私これくりかえし聞いて3回目ぐらいに、ホラー映画のクライマックスで流れてたら最高だな、みたいなの考えてた。こわいよ。

まあこういう含みがあるのでこの曲はファンの間ではキモ曲ということになってるらしいですなあ。

まあアイドルとアイドルオタの関係についての歌でもあるんでしょうね。素敵な向こうの少女が自分に注目してくれることなんかありえないし、客席にいる自分の方を振り向いてさえくれないかもしれないけど、アイドルが歌って踊って笑顔でいてくれさえいれば、僕たちは生きていけるよ、っていう歌でもあるわけだ。

パリピとかは「きみどっから来たん?名前なんなん?」ぐらい3分で入手してしまうわけですが、まあ内向的で消極的な人間というのは「自分はだめだ」「きっと振り向いてくれない」「自分には彼女と話をする価値さえない」「遠くから見てるだけで十分」みたいになってしまって、これはモテないだけでなくキモい。でもそうしか生きられなくて、その道をまっすぐ歩いていく、っていうのはそれはそれでありだ。足跡は残るよ。みんながんばりましょう。

でもそれをアイドルに歌わせるんだから、これってすごい皮肉というか屈折した曲よねえ。「キモいと思われてるだろう」って思ってるキモい男の歌を実際にキモいなあと思ってる女子に歌わせる。なんかもうサドマゾの世界に近い。おどろきました。

フルレングスのないかな。

 


References   [ + ]

1. ただ、最初この歌詞聞いたときにはわからなかったけど、ここは仕掛けがあるかもしれなくて、「影」は「陰」(かげ)でもあるかもしれない。表も裏もある人間になったとか、邪悪な欲求に目覚めたとか。ははは。でも恋愛ってそういうところあるじゃないっすか。ないっすか。まあ「ちゃんと」影ができたんだからまあふつうに解釈した方がいいっすね。
2. 検索したら、この曲ソナタ形式だとかって書いてる人がいるけどそうではない。

キリンジのエイリアンズの歌詞は最高だ

ミスチルの悪口書いててもしょうがないので、どういう歌詞がよい曲と思ってるかっていうのを、4年前にツイッタに書いたメモから復元。実はこの曲、そのころまで知らなかったんよね。

遥か空に旅客機 音もなく
公団の屋根の上 どこへ行く

旅客機と書いてボーイングと読む。ゆっくり飛行機が進んでいるのはわかるんだけど、実は昼なのか夜なのかわからない。昼だと白い機体、夜だと赤い点滅がゆっくり空を横切ってる感じね。夜だとすると、その赤い点滅がエアバスじゃなくてボーイングだってわかるのは昼間に見てるからだろうね。飛行機の姿見てエアバスなのかボーイングなのかわかるかしらんけど。少なくともYSとかではない。あるいは語り手の頭のなかで「今頃飛行機が飛んでるはずだ」って思ってるのかもしれない。すぐに住宅公団っていうのが出てくるので、語り手はここらへんのことをよく知っている。おそらく飛行機に興味をもつ子供のころから。公団住宅の上を大型飛行機がゆっくり飛んでいる、っていうので、空が開けた田舎だっていうのがわかる。千葉とか埼玉とか。首都圏からもっと遠くかもしれない。

メロディーラインは下降してだらだらしていてだるい感じ。

誰かの不機嫌も 寝静まる夜さ

隣近所でいつも喧嘩しているんだね。貧乏人やあんまり洗練されていない人々はいつも大声で喧嘩しているものだ。そういうのが聞こえちゃうのが田舎っぽい。そして今は深夜だってのがわかる。だからさっきの飛行機は赤の点滅がゆっくり飛んでる。

バイパスの澄んだ空気と僕の町

これで季節は秋か初冬ぐらいな感じ。小さな郊外か田舎の新興住宅な感じか。ちなみにキリンジは埼玉県坂戸市出身、人口10万人。わかる。

泣かないでくれダーリン ほら月明かりが
長い夜に寝つけない二人の額をなで

語り手は女をダーリンとか呼ぶナルシストで、関係はうまくいってない。「長い夜」でやっぱり秋冬。額をなでる、っていうのがいいねえ。月は満月に近い明るさで、もう一発終っていて、透明な窓から月が見えてるわけだ。満月が窓から部屋に入ってくるのなら、時刻は3時とか4時とか。夜明けまえ。「二人の額」なのもすごくて、一人称語りだったら「君の額をなで」になるはずなんだけど、この語り手は自分たちを客観的に見ている。自分たちに対する距離感。

まるで僕らはエイリアンズ

エイリアンズで連想するのは(1)ギーガーの映画エイリアン、(2)宇宙人、(3)異邦人、外人、(4) 余所者、だわよね。おそらく(4)の余所者が本意なんだけど、ギーガーのあのキモい生物を連想させずにはいられない。俺たちはああいう異様なものとしてセクロスなんかしちゃってて、そしてこの狭い町で異邦人としてはぐれている。少なくとも、俺たちは町で暮すふつうの人間ではない。夜はそういうセクロスしちゃうエイリアン。しかしおそらく昼はふつうの顔をして生きてるんだろう。時代的に岩明均先生のマンガ『寄生獣』とかも連想する。

禁断の実ほおばっては
月の裏を夢みて

「月」と「禁断の実」=おそらくリンゴが丸くて縁語みたいになってんだね。もちろん聖書のアダムとイブ、そしてニュートンが連想される。やってはいけないことをやっている。「月の裏 1)「不倫解釈でいくなら、「月の裏」ってのは誰もいず、誰にも見られないところ、ぐらいじゃないの?」ってコメントもらって、なるほど。 」で人間の生活の裏面、不倫セックスを連想する。ちなみにこの曲はキーがおかしくてBメジャーとかみたい。主にピアノの白鍵で弾けるキーCという表の明るいのとまったく反対のキー。まさに「裏」な感じ 2)あと、書いたあとで検索したら、「禁断の実」は同性愛っていう解釈も可能なのね。「眉をひそめる」あたりで排除してしまってた。おそらくインセストっていうのも可能だろう。あと禁断の実は知恵の実であるっていうのを生かした解釈も可能っぽい。

キミが好きだよエイリアン
この星のこの僻地で
魔法をかけてみせるさ
いいかい

自分たちがエイリアンで世間からはぐれているだけでなく、この語り手にとっては相手もエイリアンで疎遠な感じなんよね。セックスでつながっている。「この星」でやっぱり月と同じ丸い球体とその外の広い世界が連想させられ、そのほんとに一部の点みたいなところでなにかがおこなわれる。セックスの秘技かもしれず、そうでないかもしれず。しかしこの「魔法かけてみせる、いいよね」っていうナルシズムぶりがすばらしい。自分はそういうことをする能力がある。

どこかで不揃いな遠吠え
仮面のようなスポーツカーが火を吐いた

車のエンジン、排気音か。火を吐いたのは見てないけど、音からわかる。「仮面のようなスポーツカー」はまあ当時流行していたなんかだろうね。ヤンキーが乗ってるやつ。2010年代は空力とか考えて車はみんな仮面みたいになりましたが、1990年代とかそういうエアスポイラーとか走り屋や暴走族がつけてた。エンジンとかも強化して300馬力とかいうのが走っていて、そういうの整備不良でバックファイアであちこちで「パーン」とか音出してたんよね。実際マフラーから火が出る。まあそういうのがたくさんいる田舎。語り手はそういう文化になじめてない。語り手たちは家のなかで遠くのその音を聞いている。こういうのがなんかリアルで奥行きがある。

笑っておくれダーリン
ほら素晴らしい夜に

セックスして部屋にいるだけなんだけど「素晴しい夜」っていうのがサイコパス風味。女はまだ泣いている。

僕の短所をジョークにしても眉をひそめないで

「俺、優柔普段だから、ははは」「嫁が待ってるから」。あるいはおそらくなんか下ネタを言ってる。「俺の〜は彼より小さいけど硬い」ナルシストだから平気。

そうさ僕らはエイリアンズ
街灯に沿って歩けば
ごらん新世界のようさ

一発終ってまったりしてから女をどっかに送るために外に出た。近代的な白っぽい公団住宅が並んでいる。車もってないのか、駐車場まで女を送るのか、あるいは女性がそういうところに住んでるのか。田舎の公団みたいなのに住んでる人々っていうのは、その町の土着の人々からも疎遠な関係にあったりする。

キミが好きだよエイリアン
無いものねだりもキスで
魔法のように解けるさ
いつか

「無いものねだり」は「結婚して」とか「あの人と別れて」か「夫を殺して」とかまあそういう感じ。なんにしても女の希望をかなえるつもりはない。語り手はセックスしか興味がない。

踊ろうよさあダーリン
ラストダンスを
暗いニュースが
日の出とともに町に降る前に

曲としてはここ最高ですわね。何回聞いても感動する。もう一発やるのかもしれないしチューするのかもしれないが、これがラストダンスだ。もうこの女とは会うつもりがない。あるいは会えない。暗いニュースがなにかはわからないけど、この二人の関係が公になることかもしれない。朝になるとバレちゃう。「ニュースが降ってくる」っていうその感じもうすばらしい。「ノストラダムスの大予言」で世界が終る日にアンゴルモアのなんとかが降ってくる、とかそういう感じ。

まるで僕らはエイリアンズ
禁断の実ほおばっては
月の裏を夢みて
キミを愛してるエイリアン
この星の僻地の僕らに
魔法をかけてみせるさ

さっきは「好き」だったけど「愛してる」になってる。気持ちが高まってる。魔法もどういう魔法か知らんけど、二人の仲を忘れられなくなくする魔法か。

大好きさエイリアン
わかるかい

聞いてるバージョンだと「わかるかい」じゃなくて「わかるか」になってて、そっちの方がかっこいい。もう会えないかもしれないけど君のことが本当に好きだったんだ。
これは歌詞もコード進行もメロディーもアレンジも、なにかなにまで名曲。語り手は世界や人間から二重三重に疎遠である。すばらしすぎる。聞くたびにノックアウトされます。

ミスチル同様、キリンジもナルシスト・サイコパス風味が入ってるんだけど、歌詞がよく練られていて完璧。参照や連想などを抱負に含んでいて、歌詞にとんでもない広がりがあって、多様な解釈を許す。音楽も有機的に結びついていて、理想的な楽曲だと思うです。ミスチルとはちがって、キリンジのリスナーはおそらく歌詞の内容(この曲の場合、「(表面的には)ナルシストが女を捨てるのだな」)をだいたい理解している。

 

ミスチルだと刺激の強いネガティブな言葉を多用するわりに、言葉や連想自体はそれほど豊かではない。話の筋は説教くさく単調で一本道の解釈になってしまう。あるいは言葉が足りないところをリスナーが勝手に好意的におぎなわざるをえない。キリンジの場合はストーリーと語彙や連想が豊かなんで、何度もその歌詞を考える。歌詞の方がリスナーよりも(おそらくアーティスト本人よりも)大きい。


と、前日寝つけない夜に書いたんですが、ツイッタでコメントもらってもう一度見直してみると、不倫と別れていどではこの曲の甘美さ邪悪さ凶悪さをとらえてないっすね。語り手はもっと捕食者(プレデター)な感じ。二人はいっしょに住んでるのではないかという指摘もあり。

朝になって思いついたんですが、これ、『ジョジョの奇妙な冒険』の吉良吉影さんや、岩明均先生の『寄生獣』の寄生生物みたいな人たちの歌かもしれないっすね。連載は1990年前半だからみんな読んでた。杜王町みたいなところにひっそり生息しているエイリアン。んじゃ女がずっとメソメソしているのは監禁されてるからか。んで歌のなかで最後に殺されちゃうのね。最後のコーラスの前のドラムのブレイク(・・・ドタン、のところ)。禁断の実は快楽殺人ですわね。腕だけとっといたりして。なんで部屋のなかにいるのに街灯あるところに出てくのかと思ったら、家汚されるのいやだからですか。朝降ってくる暗いニュースは君が作ってんやろが、みたいな。やばい。でもそれくらいのヤバさをこの曲には感じる。

 


References   [ + ]

1. 「不倫解釈でいくなら、「月の裏」ってのは誰もいず、誰にも見られないところ、ぐらいじゃないの?」ってコメントもらって、なるほど。
2. あと、書いたあとで検索したら、「禁断の実」は同性愛っていう解釈も可能なのね。「眉をひそめる」あたりで排除してしまってた。おそらくインセストっていうのも可能だろう。あと禁断の実は知恵の実であるっていうのを生かした解釈も可能っぽい。

ミスチルの「口がすべって」を聞いてぼやいた

ミスチルはすごく気になるアーティストなんすよね。いろいろ思うところがある。今ごろなんかのきっかけで「口がすべって」という曲を聞いてすごい歌詞にびっくりしたのでぼやいた記録。


口がすべって君を怒らせた

いかんですね。「すべった」ってことは、前々から思ってたことを言いましたね。フロイディアンスリップとかそういうやつ。でもしょうがないですね。とりあえずあやまりましょう。

でも間違ってないから謝りたくなかった

言っちゃったわけですな。「いやまちがった」とかは言いたんないんなら「言いすぎた、ごめん」ぐらい言いましょう。本当のこと言えばいいってもんでもないと思うです。
「でも」が高いところから入ってくるのがメロディー的に天才を感じます。コード進行とかもいろいろ凝ってるのね。

わかってる それが悪いとこ

反省して直すようにしてください。

それが僕の悪いとこ

まあとりあえずあやまったらどうですか。
「悪いとこ」だと言いつつ、そこがよいところでもある、むしろ魅力だ、おれは正直なやつだ、節を曲げない男だと思ってますね。それはそれでいいでしょう。わたしもそういうのはわかります。
この「悪いとこ」は、カギかっこに入った「悪いとこ」であり、「一般には悪いと言われているけれども俺は悪いと思ってないよ」ってやつですね。2回くりかえしてるのが印象的。

「ゆずれぬものが僕にもある」だなんて

これはよいです。やっぱり大事なことは大事っすからね。上で口に出しちゃったことは譲れないことなんすね。しょうがないっすね。

だれも奪いに来ないのに鍵かけて守ってる

これもしょうがないです。人間ってそういうもんです。大事なもんすからね。「奪う」とか「鍵」とかそういう強い言葉がミスチル先生の歌詞の特徴ですね。

わかってる 本当は弱いことを

うんうん。この「わかってる」の抑揚がいいっすよね。いかにもイラついている感じが出てる。子供が「わかってる」とかって言ってる感じそのまんまでうまい。さっきの「悪いとこ」もそうだけど、ミスチルの歌詞は自己言及が多いので、「自分をよく見つめている」「深い」とか言われるわけですわね。

それを認められないことも

うんうん……うん? もしかして「自分が弱いとは認めないよ!」って言ってる?

思い通りに動かない君という物体を

でました「物体」。びっくりしました。まあこれは本気ではなく、あるときは自分は相手を「物体」とか「操作の対象」、オブジェクトとして見てる、ってことですわね。物体思い通りに動きませんね。自分のbodyでさえうまく動かない。

なだめすかして 甘い言葉かけて 持ち上げていく

まあヨイショしているわけですな。これもまあ時には必要なんでしょうね。
「わかっていても、自分が弱いことは認められない、そして今も君という抵抗する物体を努力して動かしている」っていうのはもう相手に対するディスや挑発に近いですね。「彼女」「あいつ」について歌ってるならこれでもいいんですが、「君」ですからねえ。

もう一人の僕がその姿を見て嘆いているよ

そんでもここまではまあよかったんですわ。まあ女子をよいしょするのはなさけない、という考え方もあるだろう……

育んできたのは「優しさ」だけじゃないから。。。

ここだ。「優しさ」だけじゃないのならなんだろう?「育む」も「二人(?)の関係で育んだ」なのか「自分が育んだ」なのかわからない。とにかく、「育んだ」のが1人か2人か社会か知らんけど、おそらく「育んだ」のは「愛」といっしょに「憎しみ」や「嫌悪」だ。つまり「君をよいしょしている自分が情けないよ、なんで君みたいな物体をよいしょしなきゃならんのだ。下に落して踏ん付けて叩き壊したいものだ」

「優しさ」とカギかっこがついているも意味深だわね。さっきの「悪いとこ」はカッコにいれずにこの優しさはカッコに入れる。少なくともふつうの意味の「優しさ」ではない。さっきと同じ考え方でいけば、「ふつう一般に優しさと言われているもの」ぐらい。「俺はおまえとの関係のなかで、人々が優しさと呼ぶところのものを発揮してきたが、他にも隠しもっているぞ」。私ははっきり脅されているのを感じます。

争い続けてる血が流れてる
民族をめぐる紛争を新聞は報じている

いやですね。戦争反対。ピース。

ここも衝撃的で、最初に聞いたときにびっくりしたのはむしろここだったかもしれない。だって、いままで口喧嘩の話してたんですよ。その上で、「お前との関係では優しさ以外のものもあるぞ(ずっと腹もたってるぞ)」って宣言した上で、「血が流れる」だもんね。いちおう新聞にのってる国家間・民族間の話だってことにしてるけど、聞いてるときはそうはなないよ。こういうのがうまい。この人とケンカすると殺されるかもしれない、って連想しちゃう。

分かってる「難しいですね」で
片づくほど簡単じゃないことも

けっきょくは力で解決しなきゃならないこともあるよ、ってことですね。これも脅している。私は本当にこわいですよ。

誰もがみんな大事なものを抱きしめてる

うん。

人それぞれの価値観 幸せ 生き方がある

うん。大事なことですね。

「他人の気持になって考えろ」とは言われてはきたけれど

大事なことですよね。努力はしたいです。

想像を超えて 心は理解しがたいもの

え、つまりあなたには他人の気持ちはけっきょくわからなかった、ということですな。あるていどしょうがないし、他人の気持ちがわかりにくいっていうのはやっぱり我々が常に感じているところです。でももしかしたら、「他人の気持を考えろ」って子供のころから言われてきたけど、けっきょくわからん、と開きなおってるわけですか。

流れ星が消える 瞬く間に消える

人生は短いですなあ。このフレーズはすごくよくて、「願い事」の対象である流れ星さけでなく、戦争で消えていく人々の生命を連想させる。しかしここも衝撃を受けたところで、上からの流れだったら紛争とかで生命が失なわれることを連想させられた上で、「人の気持考えろと言われてもおまえのことは理解できない」って訴えた上で、「おう、流れ星が流れてるねえ。人の命ははかないものだねえ」って言ってんのよ? すごい脅しだ。ヤクザではないか。

今度同じチャンスがきたら

え、次の話になるの?

自分以外の誰かのために

この「自分以外」「誰か」も効いていて天才的だ。ふつうだったら「君」のために、「苦しんでる人」のために「失なわれた命のために」「大事な人のために」って具体的になるっしょ。この方の場合は「自分以外」というくくり。こんなくくりかたする人はじめて見た。「おれたち」ならわかるのに、このひとは「おれ」と「おれ以外ぜんぶ」なんよね。ある種の哲学者ですなあ。

願い事をしよう

いままでは自分のことだけだったんですね。そして今回もやっぱり自分のことだけ考えることにしたんですね。「まあ次のチャンス、次の人生があれば考えることにしよう」ってことですね。せめて、「もっといい人間になれるように」とか「もっと素直になれるように」祈ってくださいよ。流れ星が流れる前に祈ってください。なぜ次を待つ必要があるんですか。

口がすべって君を怒らせた

ここで最初にもどってくるのは作詞的に正しい。でもあやまったんですか?

でもいつのまにやら また笑って暮らしてる

とくに謝ることもなく笑ってるんですね。主語がないのが気になる。相手はほんとうに笑っているんだろうか。その笑顔は本心からのものだろうか。あんな脅しかたされて本当に笑えるんだろうか。DVじゃないんですか。

分かったろう

これひどい。相手は分かってない可能があるんじゃないですか。「お前いまわらってるだろう、んじゃ俺たちの関係はなんとかなってるんだ」

僕らは許し合う力も持って生まれているよ

相手の人ほんとうに許してるんですか、っていうかあなた自分はぜんぜん悪くなかったんしょ。なんで許してもらう必要があるの? あなたは許してんの?「君は許す力をもって生まれてる」んじゃないの?

ひとまずそういうことにしておこう

なんでそんなこと言われなきゃならないんですか

それが人間の良いとこ

あなたの悪いところ、自分はいつも正しいと思える短所であり長所であるところを他の人間はもってないんですよね。相手は許す力をもってるんでしょうが、あなたはもってるんでしょうか。

そもそもあなた相手にいやな思いをさせても、自分がいやな気分にまったくなってないですよね。
自分が悪いとも思ってなくて、そのままほうっておけば関係が改善すると思ってますよね。むしろ、自分を不快にした他人は叩きつぶしたいっていうのはそのまんまですわね。他人のことを考えるのは次に流れ星に出会ったときでしかなくて、今はそんなこと考えるつもりはない。

コード進行とかネットにあったやつで確認してみましたが、これは天才の作品ですね。歌詞と曲が有機的に結びついていてすばらしい。いつも音楽的天才だと思います。

私が興味があるのは、先生の歌を「深い」とかいってる人々がなにを考えてこの曲を聞いているかなのです。心清い人々が多いみたいだから、この曲が平和的なことを歌っていると解釈されているようですが、すくなくともぜんぜん違う解釈を許すようなのは私にははっきりしていると思う。「俺は自分のことしか考えねーぜ」「なんで君はいつも頭痛いっていってやらせてくれないんだ」 1)The Time, “Jerk Off”。 「ぐだぐだいってねーでぶっとばそうぜ」 2)たとえばRCサクセション「雨あがりの夜空に」。これは別エントリ書きました っていう歌だったらもちろん全然問題がない、というかむしろロックはそう歌ってほしい。でもこの歌詞はそういうものでもない。あんまり歌詞について考えない人々をだますような形になっているんちゃうんかな。こと考える気はないわけですわね。私は本当に怖いです。


 

追記。このエントリの次に同じようにサイコパシーを感じるキリンジのエイリアンズを解釈してみたんですが、キリンジの世界の異常さ暗さ凶悪さに比べるとミスチルの世界は日常的で、そこらへんによくいる程度のナルシストですわね。そういうふうに見てみると、魅力もわかってきた気もします。日常的にイライラしたりケンカしたりしながら自分のダメなとことかも見つめつつ他の人と関係し、上を目指してく、っていうのは、キリンジの世界よりずっとわかりやすく共感できるっていう人々がいても当然ね。むしろ、我が強すぎるし教養もあんまりないけど、いつも自分を見つめ上めざしてがんばってる奴、っていう世界像が魅力なんね。ふつうの男性の自分の言葉になりうる。やっとわかってきた気がする。


References   [ + ]

1. The Time, “Jerk Off”。
2. たとえばRCサクセション「雨あがりの夜空に」。これは別エントリ書きました

yonosuke昔話(10) 24時間楽曲制作スレ

ええと、赤の他人バンドやったところまで書いたんだったかな。

そのちょっと前から「24時間楽曲制作スレ」ってのが立って、ここでちょっと遊んでたのかな。誰かがお題を出して、24時間以内にうpするっていう遊び。サーバーの音源復活させたので他の人のも聞けるようになってるのでスレの雰囲気とか見てほしい。なんか楽しくやっている。

215のF G Am F Em7 F Em7 F Em7 っていうコード進行のでやってみたのが http://yonosuke.net/clip/data/2692.mp3 。これはなにも考えず一発でやったのに気にいってた記憶がある。もう一つ、F G#m F#m Eっていう課題でできたのが http://yonosuke.net/clip/data/2916.mp3 で、もちろんボブマーレー先生のあれのリスペクトで「のうまんのくらい」って曲になったけど歌詞とかは自分では気にいった。こういうちょっとメッセージ入ってるのも作りたいとか。

このスレはおもしろくて、他にも「眠い」とか「肩こりと電気ストーブ」とかって題でそれらしいの作って遊んでた。どれもアイディアから録音まで3〜4時間ぐらいかけてたかな。こういう制作を一番楽しんでた時期だなあ。まあ失敗してどうもならんのも多かったけど。

このスレッドでは、そういう「お題」のもとに、自分一人では作らなかったであろうような曲を作ってみるっていうおもしろさを味わった。まったくの無からなにかを作るってのはないわけで、たいていはなんらかの強い経験や情動とかから作りはじめるんだろうと思っていたわけだけど、それを作りはじめるにあたってのキッカケみたいなのも必要なわけだわね。なにかを作るときは、そういうの外的な条件もけっこう大事なんよね。

このスレを動かしていたヤヤ嬢は今プロとして活動している。彼女は当時からそういう仕事として楽曲を作っていくことを意識してたんだわね。

 

 

マーレー先生ごめんね。

 


    yonosuke昔話(9) 2ちゃんねる赤の他人バンドでステージに出る

    んで、このときのジャムセッションの感じがとてもよかったので、このままライブしてしまえ、ってことに。

    その場で「こういう企画があって」って説明して2回ぐらいリハして出よう、みたいな感じ。実際に練習したのは2回だったか3回だったか。ギター3、キーボード1、ベース、私ボーカル、みたいな。

    時間なかったけどみんな腕利きだから「こういう感じにしたい」っていうとやってくれるすばらしい状態でした。でも全員そろって練習できたときはなかったんだったかな。特にハンター・Kさんは私と同じくらいの年齢で実質的にバンマスというか方向性教えてくれてよかた。

    2003年11月3日の学園祭。雨ふってたけど強行。

    ハンター・K、蔵土、ふりっぷ教授(以上ギター)、べーかも(ベース)、でほ(ドラム)、やや(キーボード)。

    ステージの1番手だったのでサウンドチェックがあったのですが、みんなパープルのBurnを弾きはじめてすごかった。はじめてやってるのに完コピ。なにごとかと人集ってきておかしかったです。

    客寄せファンク  http://yonosuke.net/yonosuke/20031103-1.mp3 かっこいい。
    J-A-S-RAC ← http://yonosuke.net/yonosuke/20031103-2.mp3 まあこんな感じか
    ちょっと待って ← http://yonosuke.net/yonosuke/20031103-3.mp3 リズムギターがうらがえってしまってうまくいかなかった。私が求めてるノリみたいなのもリハでうまく伝わらなかったのが残念。ハンターKとふりっぷ教授のギターバトルさせよう、っていうのは成功。
    みのむし(←夏はボサボサから進化した) ← http://yonosuke.net/yonosuke/20031103-4.mp3 いまでも好き。歌詞その他気にいってる。ソロはもうひとりのギターの蔵土さん。
    ラチラチ ← http://yonosuke.net/yonosuke/20031103-5.mp3 まあ最後はこういう感じでおわろう。

    まあリハ不足でちょっとあれだけど、私としては満足。次はきちっとやろう、みたいな。


    yonosuke昔話 (8) 自分で人を集める

    「ジャムセッション」から半年、くだらない音源を作りつつ、いろいろ想を練ったわけです。とりあえず前年コピバンで学園祭に出たから、こんどは自分のバンドで出たい。しかし友達バンドは技術が足りない。

    てんでやっぱり楽器板の連中とやりたい。

    というわけで、夏に今度は自分でジャムセッションを企画しました。前は大阪だったけど、京都でやる。んでそこに集まった連中をバンドにして学園祭に出てしまおう、というそういう邪悪な計画。

    このセッションはおもしろかったですね。集まった人はみんな腕がいいし、「こうしたい」っていうとやってくれる。

    私がスタジオ代出してるから王様。「しゃべってるとき音出すのやめよーぜー」とか。

    その場で曲を作ることさえできました。まあアイディアはもっていったんだけど。

    1曲は、そのころJASRACがネットで話題になってたので、ビートルズのTaxmanを替え歌にしてJASRACの歌にしたらおもしろいだろう、みたいな。アイディアだけだったんだけど、その場で録音までできた。ベースの人がTaxmanをよく知ってたんよね。

    http://yonosuke.net/yonosuke/jasrac.mp3

    尊敬する毒薬仁先生

    その場で書いた歌詞。「俺の名前を知ってるか」はジョージ秋山先生の『くどき屋ジョー』『WHO ARE YOU?』から。

    俺の名前を知ってるかい
    俺の名前を知ってるかい
    俺はJASRAC、泣く子も黙るJASRAC

    歌歌うんなら金払え
    ギター弾くなら金払え
    俺はJASRAC、泣く子も黙るJASRAC

    この時点で、ライブでふりつけしようと決めた。

    その場で歌詞書いたりしたんよね。最初のギターソロは私。

    だんだん皆帰ってしまって人が少なくなってから、ドラムとギターと私だけになったんだけど、ギターの人がジャズの勉強しているってんで、私がピアノ弾いてこれもできた。

    http://yonosuke.net/yonosuke/201308bosa.mp3

    このセッションは自分にとって非常に実りがありましたね。私はコンポーザー/バンドリーダーとしてやってけるかもしれない。


    yonosuke昔話(7) 2ちゃんねる楽器板の「ジャムセッション」に参加してみる

    えーと、2002年の夏に共作にチャレンジしたところまでね。

    そのあと秋から冬にかけて、ネット上ではかなりいろいろやってたんですが、ちょっと飛ばして生身の活動を。2002年の秋には、友達の哲学者バンドで学園祭出たんですわ。ビートルズとかのコピバン。これ音源がなくてあんまり語れない。演奏もまあそういう感じであんまり語るべきものもない。まあふつうのコピバン。

    でもだんだん自信がついてきて、2002年の12月に2ちゃんねる楽器板で、大阪でジャムセッションオフミするぞってんで賑やかしに参加したんですね。オフミとか出ることはめったにないのでいろいろ緊張しました。ベースがいないってんでベースもってくことにしたんだけど、もってるベースは中学生がヘビメタすご飯るのに使うような8000円の先っちょが尖ったやつしかないので中古楽器屋でもうすこしまともなやつを入手。あとパーカッションちょっともってたかな。

    んで参加してみると、これがなかなか厳しい場だったんですね。

    9人か10人ぐらいいたと思うんだけど、20代男子中心。10代もいた。ドラム2人、キーボード1人、ベース1人(私)、ギター5人? 雑談とかもせずすぐに「んじゃやりますか」ってんで誰か弾きだしてそれにあわせる、みたいな。しかしキーも構成も決まってなくてどうしたらいいかわからない。ギターの人たちが4人ぐらいいて大音量で鳴らすもんだからなにやってるかわかんない。ジャムセッションというのはこういうのものなのか!みたいな。まあおかしいですよね。困りました。

    とりあえずワンコードでなんかしたいのかな、とか。でもギタラーは自分しか聞いてないからどうにもこうにも。いやすごい困りました。その後知ることになったのですが、ギターの人というのはどこでもそうなんですよね。打ちあわせとか相談としかしているときもピロピロ弾く。あれなんなんでしょうね。

    んで、まあ私が一番年嵩みたいだったら、「とりあえずAのブルースやりましょうよ」「誰がソロとるかはっきりしましょう」「ソロのあいだはバッキング控えめに」とか声かけたんだったかなあ。まあブルース進行やってたらなんとかなります。とりあえず司会係を決めて、手のあいてる人は他に指示して、みたいな。でも技術的にはいちばん下なのであんまり指導的なことはできない。

    こんな感じ。カオス。まあでもベースは権力がある。
    http://yonosuke.net/yonosuke/200212jam1.mp3

    ベースが私。とにかくギターの人は弾きたいんよね。でも3人も4人もいるならバッキングする必要はないと思うのだが。

    クリスマスシーズンだったので、赤鼻のトナカイとかいろいろやってみたり。とにかくカオス。

    http://yonosuke.net/yonosuke/201212rock.mp3
    http://yonosuke.net/yonosuke/201212samba.mp3

    まあこの時の経験については、いろいろ考えましたねえ。とにかく音楽はコミュニケーションであり、お互いを聞きあわないとならん。あと、バンドするには、とにかくギタラーを支配しなければならんということを意識するようになりました。強力なリーダーシップが必要だ。


    ツェッペリンのポリリズム

    何回が出してますけど、ツェッペリンはかっこいいですね。古典ロックグループでは一番好きなんじゃないかな。今年になってリマスター+未発表音源が出てるみたいなんで購入を検討しているところ。でも高い。

    私にとってのツェッペリンの魅力は、まあもちろん楽曲や演奏全体がいいのはもちろんですが、ドラムのボンゾ先生のタイムの感覚かなあ。

    http://yonosuke1965.blogspot.jp/2013/09/led-zeppelinwhole-lotta-love.html でWhole Lotta Love使って解説みたいなのしましたが、他のもの聞いてほしい。

    アルバムとして一番好きなのは2枚目のIIか、6枚目のフィジカルグラフィティか微妙。実は解散後に出たCODAが一番好きかも。

    CODAのWe’re Gonna Grove。これはキャリアの一番最初のころですけどすばらしいですね。テンポ早い。これほどの演奏精度ってのは当時としてはもう驚きだったんじゃないですかね。だいたいこの1970年前後って演奏ルーズなバンドが多かったし。まあ80年代にいろいろ手を加えたものだからこんなにすごい演奏がライブでできてたかっていうとそうではなかったかもしれません。ヘッドホンかなんかで大音量で聞きたい。

    しかしこの時点でもうツェッペリンの特徴は十分に出てるんですよね。歪んだギター、ブルースなボーカル、手数の多いベース、そしてワンアンドオンリーなドラム。

    前も書いたんですが、私が思うに、このバンドはタイムのフィールが独特なんすわ。この曲はイントロのハイハットで250BPMっていうビバップジャズなみのテンポを感じさせるんですが、もう1個、120BPMぐらいのノリもある。この二重のテンポ感覚がこのバンドの最大のポイントだと思ってます。

    2枚目はいろいろ好きな曲がありますが、とにかくLemon Song好きっすね。ベースにしびれます。この曲やジミヘンのRed Houseみたいなタイプのブルースはすごく好き。実は小学生高学年のころに、近所に有名なロック青年が住んでいて、毎日外に聞こえる大音量でロック鳴らして近所から顰蹙かってたんですわ。でも私その数曲はすごく好きで、「なんていう音楽なんだろう?」みたいに思ってました。ツェッペリンとジミヘンだったわけです。このベースラインの16分音符で半音とか使っているのがたまらん。

    まあこれはクラプトンやジミヘンからヒントを得て、ギター歪ませてヘビーなブルースやればかっこいい、ってことなんでしょうが、ツェッペリンはただブルースやるだけじゃなくて楽曲を構成するのがポイントですわね。テーマ→ハイテンポで1回あばれる→スローにのインタープレイ→ハイテンポ。ジョンポールジョーンズ先生の3分ぐらいからのベースがもうすばらしくて。

    こういうのはたとえばジミヘンのあんまり工夫のないやつと比べるとはっきりしますね。

    6枚目はほんとうに鬼のように名曲ぞろい。最初期はアップテンポのもやってたわけですが、基本的にツェッペリンはミディアムテンポのバンドなんすよね。早く忙しく聞こえてもドラムはゆったり80〜90BPM(1分間に80〜90拍)ぐらいなんちゃうかな。8分フィール(エイトビート)と16分フィール(16ビート)が混在しているのがツェッペリンのグルーブです。私にはゆったりとセカセカの2本のリズムが同時に走っているように聞こえます。それがツェッペリンの魅力なんだと思う。ポリリズムなんね。

    Custard Pie。いきなりアップテンポ、なわけですが、これ180BPMなんすけど、ドラムは90BPMぐらいにも聞えますね。

    Trampled Under Foot。これも早く聞えるけど実は110BPM。チャリラリラリラにだまされてはいかん。

    Kashmir。これはツェッペリンの巨大恐竜的なのが一番出てる曲ですね。重い。でかい。

    The Wanton Song。

    7枚目のPresenceも1曲目のアキレスがすごいですね。これ146BPMぐらいあるんですが、ドラムはその半分の73BPMぐらいですよね。あと途中で入るブリッジダダダダッダダダダッのキメがどうやって入ってるのかよくわからない。5:25と、7:25、8:55あたりの16分音符連打がすばらしい。これ聞いたことないひとはできるかぎり大音量で聞いてください。