快適なドライブののちに夕方郷里に到着。途中一泊すると楽勝だが、当然さらにお金がかかる。
就活相談とか。
雨。オンラインセミナーを覗くが、また余計なことをコメントしてしまう。どうも下品でだめだ。
練習。半拍前で発音するやつ。
勉強。気になっていた件についてRonald Weitzerの論文見つけ、そこから芋づるでさらに別の気になっていた論点の答を見つけた。こういうのはいいのよね。TeXの作業も少しすすめた。夜プール。やはり1週間に2回は行くべきだ。腰とかあぶない。
桜開花を確認。わりと落ちついて作業をしている。
依然として昼飯に困っている。もう何年困っているのだろうか。最近揚げ物とかもう食えない。
夜粗食。
午前中歯医者に行くも、予約時間をまちがえていた。仕切りなおし。徒歩で戻る。
読書、書類書きなど。
総計するとけっこう歩いた一日。
デミベジ生活さえ難しい。
コタツを片づける。
出勤しているときの昼飯問題はまだ解決策を見つけていない。やはりお弁当だろうねえ。
朝からしばらく苦しむ。1時間では解決しない。昨日からあんまり経験したことのないタイプの腰痛があって、気になっている。まあ気にしてもしょうがないのだろうが。夜歩いていると腰に加えて下腹も痛む。まあしょうがない。ロキソニン。
夜『リンカーン』見る。生い立ちからやるのかと思ってたら、南北戦争終結と修正第13条成立にしぼった話。これは名画。歴史シェークスピア劇というか。
快晴だが苦しい一日。桜が一斉に開いている。
研修まであと4日。片付いていない。
家から出ない決意をして、午後延々昼寝。
春だなあ。足はもうちょっと。
読書、読書。
腰が痛い。
今日も覚醒度低そうだ。
ここに書いてたメモは検索でひっかかるとアレな気がするからアレした。 ここにのっけておく内容ではない。
香川知晶『命は誰のものか』。これはおだやかでよい入門書だな。 トムソンのサマリア人の話を和書でははじめて見たと思う。
雑用で午前中おわる。
午後も。ちょっとだけ読書。
いろいろあるが、心落ちつけて仕事。長期的にも短期的にも、私に残された時間はそんなにない。
でも今日はサッカー後半戦ぐらい見るため帰るか。
パチンコの宣伝。ヤマトのCG使うのはうまいなあ。 というか借金増やす人がたくさん出ないか心配。あれだと私も続き見てみたい。 でも業界死滅すりゃいいのにと思ってる。 遊戯としての実質はなにもないただのギャンブルなわけだし。リスクがわからんというのではギャンブルとしてさえ成立してない。CM代どっから出てんのよ。 潰れればいいのに。 やっぱり規制かけとくべきじゃないのか。 テレビ業界も厳しいからやむをえないのか。んじゃテレビ業界もいっしょに潰れればいいのに。
NHK。ゾルピデムって睡眠薬のマイスリーではないのか。ははあ、おもしろいなあ。
読書さえしてればハッピー。
表計算ソフト面倒。NumbersはExcelよりは直感的だけど・・・。
口角炎まだ完治せず。
PETA、日本での運動展開については誰かアドバイスしてやったらどうか。
昼までどろどろ寝る。暖いのからか少し調子がもどったようなので、 軽くジョギングして午後から大学。学会はパス。研究室に籠っていれば幸せ。 それにしても諸星大二郎先生はおもしろいなあ。圧倒的だ。 諸星先生どういう暮しをしてるんだろうか。 まさか部屋に籠って壁や酸素極小水域の向うに憧れて暮しているわけではないだろうが。
事務書類は溜めない、ってのを実行しようと奮戦。
でも無理せず、もう1日休み。
クラブチームは見ないが代表は見る、のだが、 オリンピック代表は平山と本田以外知らんのでわからん。
DVDで『コーラスライン』を二十数年ぶりに見る。完璧なミュージカル映画。 80年代アメリカ映画恐るべし。 これと比較できるのはアステアの『コンチネンタル』しかない。
昼過ぎまで寝てしまう。 雑用電話に起こされ、大学で雑用。ごめんなさいごめんなさい。
いまだに首まわらず。昨日より悪くなってる。これは肩こりなのか?
だめ。なにもできず。
昨日あばれたメモ。
「サルトル意識せずにフーコー読むのはどうか」
(これは今日も本気でそう思っている。なぜ同じ文脈で論じてやらないのか私には理解できない。なんか国内での受容の方法に問題があるのではないかと思う。でもまじめにやる気はない。)「デリダやフーコーやラカンは狭い意味では哲学者じゃない。それにそういうものを勉強するのは生産性が低い」
「生産性ってどういうこと?」
「うーん、読んで知識が増える感じ。ナイフが研がれる感じ。 デリダやフーコーやラカンの名前を出さずに引用して 論文書いてもちゃんと読めるものになる感じ。」
(これはよい答だったと思うが、今思えば、もっと正直に 「パラフレーズしたら論文になる感じ」「そのまま剽窃できる感じ」と答えてもよかったろうと思う。ヒュームだったらパラフレーズしたら「論文」になるんじゃないか。もちろん価値はないけど。「狭い意味」の哲学者ってのは「私が考える哲学者」ってことだよな。)
「女性(のセクシュアリティ)のモノ化は商品化に先行するってのはどうか。性は資本制のもとで〜」
「女性はもっと昔からモノ化されてました。」
(婚姻制度とモノ化と商品化が多くの人のなかでごっちゃになっていることがわかった。これは分析の必要がある。婚姻と性愛がごっちゃになっているのもあり。)「恋愛や性愛ってのは近代的な〜」
「ギリシア古典でもなんでも、読めばなんのことを書いてるか理解できるっしょ。 あんたら、万葉集や源氏を(共感的に)読んだことないんかいな」
(性愛と「ロマンチックラブ」の区別をちゃんとしないと。 ルージュモンも実は読まれずに使われている一人だし、 そういうこと言う人びとが国内の古典をどう読んでいるのか考える必要がある。もちろん、国内で明治後半から大正にかけていろんなことがあったのはわかる。)「ジュディス・バトラーは〜」
「バトラーがウケたのは、 「クイアでゴー」という結論だけで、そこまでの論証が評価されたわけではないと思います。『ジェンダートラブル』で参照されている文献ちゃんと読んだんですか? 特にファウストスターリングがどういう立場にいるか理解してますか? 最近続々出ている生物学系の本に目を通してますか?」
(デリダやフーコーはこれから読んで直接叩く気はないけど、バトラーは読んでしまったから目の前に出てきたら叩く。)
「生産性」についてはもうちょっと言うべきことがありそうな気がする。 おそらく「現代思想」な人びとがだめなのは、 フーコーなりバトラーなりデリダなり読むのでせいいっぱいになってしまって、 それが参照している文献を読むことが(時間や労力といったリソース的)にでき なくなることだろう。あるいは、そういう検証を拒むなにかがある。 ヘーゲルやキェルケゴールの研究者なんかもそういう傾向がある。 一方、ヒュームやミルを読むのでせいいっぱいということになることはないだろうと思う。 カントだってがんばれば読める。おそらくこれが言いたかった生産性。
難しくても価値があることが わかっていれば読むわけだ。でもそれは価値のあることを書いているひとが 「あれは価値がある」と言っているのを信用してそうするわけで。古典で残っている ものはほとんどすべて読む価値があることがわかっているわけだが、 はたしてデリダやフーコーやラカンにそういう価値があるかな?すでにラカンは 価値がなくなっているようだが、残り二人はどうなるんだろう。
雨、早起き、朝から大学。 あら、3月が終る。雨なのにオープンキャンパスとかしている。 この時期にやって意味があるんだろうか。
血液検査の結果をもらった。
項目 | GOT | GPT | γ-GTP | コレステロール | 中性脂肪 | 尿酸 |
---|---|---|---|---|---|---|
基準値 | 11-31 | 7-45 | 12-67 | 130-219 | 32-149 | 3.5-6.9 |
2005/03 | 37 | 49 | 144 | 248 | 979 | 7.9 |
めでたいことに中性脂肪が1000mg/dlを切った!(過去の記録) うーん、これを改善されていると見ていいのか。そんなに飲んだり食ったりしているつもりはないのだが。尿酸値も気になる。 ますます食い物に気をつけること。しかし何を食えばいいのか。 ラーメンをやめ、スパゲティの一食の麺の量を減らすくらいしか 思いつかない。とにかく朝飯をちゃんと食うこと。 ジョギングすること。もっと節酒すること。 ていうかほんとうに断酒が必要なのか。 これは絶対遺伝的なものだろう。 江戸時代の大飢饉のときに生き残ったご先祖さまありがとう、なのか。 あんまり長生きはできないかもしれないなあ。次の検査は5月中旬。
私はいつから飲酒の癖をつけてしまったんだろう? 岩倉に住んでいたころは今ほど飲んでいなかったような気がする。
高橋悠二『コレクション1970年代』。中学か高校のころの読んだ文章だ。 まだ色々記憶している部分があることに驚く。 今読めば子どもっぽいが、こういうスカした文章を好んで読んでいた時代もあったな。 けっきょく中学〜大学初期までに読んだもので 人の記憶や思考法は決定されてしまうのかもしれない。
どうも最近中古でジャズやR&BのCDを見ても「高いな」と感じて二の 足を踏んでしまう。新譜ならなおさら。 1000円ならどんどん欲しいと思うのだが。クラシック廉価版を買い 集めてコストベネフィットの意識が変わってしまった影響だ。今よりずっと物価が低かったのに ビニール盤が2500円ぐらいだった時代があったんだよな。あと どういうわけか通販ではクラシック以外買いにくい。なぜだろう?クラシックと 違って、なんか偶然の出会いとか、CD屋店員のアオリ文章とかラジオとか ジャケ買いとか試聴買いとかそういうのを期待してるんだよな。
DVDレコーダー欲しい・・・ような気がするがお金がないので買わない。 ヴィデオテープでさえ録画してないし。
神戸大までの路線を調べて、遠くて行く気がなくなる。 徒歩で行ける距離以外のところには行きたくない。出不精。
ホリエモンはチキンと言われてもしかたがないだろうが、 やはり三十そこそこの若者が本物のビジネスマンに会うのは恐いよなあ。 年齢と経験ってのはやっぱり大事だ。
Sex and Philosophy 読みなおし。おもしろいよな。やっぱり これどっかで紹介したい。
ネットもテレビもラジオも蓄音機もなかったころの夜はどれほど静かだった んだろうか。想像もつかない。村上春樹の小説で一人で冬を山小屋で過す話が ある(『羊を〜』)が、あれは一度やってみたいような気がする。 チャーリー・パーカーが一冬山にこもってレスター・ヤングのレコードを擦り切れるほど聴いて練習した話とかもあるな。 アメリカの某大学に半年行くとだいたい同じような経験ができるような 気がする。
インドネシアの地震のニュースに注目しているうちに夜更ししてしまい、 遅くまで起きていた。
朝帰って寝てジョギングして夜出てくる。春。
最近、ほとんどまったくといってよいほどweb日記とか読まなくなった。きっとそろそろ私のなかでWeb日記文化が終ってしまったのだと思う。読むものがパソコン通信からfjに移行したり、fjから日記に移行したときもこんな感じだったかな。web日記界(?)とかってものが、(研究者系と限定しても)拡散しすぎてもう読み切れないからなんだろう。
ああ、やだやだ。Life is suffering.
昼すぎまで寝ている。いかん。大学で事務仕事。
夜研究室に戻るつもりだったがボヤボヤしているうちに行く気がなくなる。
午後研究室。書類数件書くだけで終ってしまう。
移動にそなえて、使っていたmontaigneにpascalのディスクをNFSでマウン トして。むう、マシンのディレクトリ構成がよくわからんようになってしまっ た。まあ、ディレクトリ構成がよくわからんようになったのを機に、ちょっと 小休止。というか、これからいつなんどきどこに移動するかわからん。
午後から。
なんのかんの言っても、暖かくなったなあ。ちょうど、皮のコートに鉤裂 きができてしまい、おわかれ。4年間も寒いときに私を暖めてくれたのだが。
大学でD'Angeloを延々聴きながら(かなり気にいっている)、おもしろくない事務仕事。やる気にならずぼんやり一日が過ぎてしまう。やっぱり学会行くべきだったか。
ひさしぶりに日記サーフィン。あたりまえのことじゃが、いろいろ系列があるね。今日はまったのは欝病系日記群とか風俗嬢日記群とか。なかにはなかなか読めるものもある。私はやっぱり大学文科系群に分類されるんじゃろな。
前にも書いたような気がするけど、統計なんかに強いひとがMetababooあたりをつかって日記間の距離の測定してくれないかな。たいていのひとが作っているリンクのページをつかって。
(☆☆)
WORD97とかいうものが研究室に導入された。まだ使用していない。どうせバクバグにちがいないという予断があるが、はたしてどうか。最近湯水のように研究室の予算がコンピューターに投下されているのだが、コストに見合うものがあるかってのは疑問。しかし、投下しないとバクバクでそれまでの投資が無駄になるしねえ。最悪。「世界からコンピューターをなくす会」ができれば参加するが。
「バージョンアップするがよい。そうすれば君は後悔するだろう。バージョンアップしないがよい。そうすれば君は後悔するだろう。バージョンアップしても、バージョンアップしなくても君は後悔するだろう」(出典はあれ)ってわけで、世界は『あれか/これか』でどっちみちダメなのである。
就職した某友人に飯をおごってもらう。元気そうであった。
彼は関西生れの関西育ちだが、「東北はよい!」らしい。ふーん。あんな寒いところは私はヤだけどね。
彼と私は同じ31歳なので、どうしても話は「結婚とは」ってのになる。そんなにいいモノかなあ。よくみんなしてるなあ。えらいなあ。(いや、束縛とかそういう次元の話ではなく、もっと基本的な自分に対する信頼とかの問題。これじゃよくわからんな)
哲学授業法大研究会のために、8ミリヴィデオとか欲しいなあ。研究室の予算でテレビとカメラ買ってくれないかなあ。あ、出先で借りればいいのか。大学なら1台ぐらいはもってるよな。ふつう。
前にも書いたことがあるかもしれないが、以前に行ってた塾では、ヴィデオで自分の授業を撮影することができて、これはけっこうよかっったのである。口調や体の動かし方とか、自分の色んなクセを見ることができる。(もちろん愉快なものでないけど)おかげでセルフイメージがずいぶん変った。
できれば自分の部屋にも1台ほしいくらいだ。(ろくなモノは写らないだろうけど)
去年は授業内容のメモを残そうとして、結局とちゅうでポシャってしまった。今年はなんとか記録を残したいが、どうかなあ。けっこう勇気がいるよな。こういうのって。
どうも、私はなにか書いたあとに限定をつけるという順番で書くことが多いようだ。A, though B、という順番だな。これは書き殴っている以上避けられないかもしれん。
春のせいか、あちこちの桜の木や人間の頭がピンク色になったり、その他いろんなことが起きている模様。春恐るべし。春退散。春禁止。