&aname(d19300214){二月十四日}; 番街の小星昨夜突然待合を売払ひ再び左褄取る身になりたしと申出でいろいろ利害を説き諭せども聴かざる様子なれば、今朝家に招ぎて熟談する所あり、余去年秋以来情欲殆消磨し、日に日に老の迫るを覚るのみなれば女の言ふところも推察すれば決して無理ならず、余一時はこの女こそわがために死水を取ってくれるものならめと思込みて力にせしが、それもはかなき夢なりき、唐詩に万事傷心在目前(万事心を傷むること目前に在り)、一身憔伜対花眠(一身憔悴して花に対して眠る)、黄金用尽教歌舞(黄金用ひ尽して歌舞を教へ)、留与他人楽少年(他人に留与して少年を楽します)、といへるもの当に余が今日の悲しみを言尽したり、曾て野口寧斎先生この詩を講じて次の如くに言へるもの、其著『三体詩評釈』に在り、

楽天年老いて風疾を得、妾を放たんとす、樊素(はんそ=白楽天の寵妾)なるもの有り、惨然として涙下りて去るに忍びず、楽天も亦悠然として対する能はず、しかも終に情を忘るゝ能はず、是亦一箇の一身憔伜対花眠の人にあらずや、顧况(=唐の詩人)に宜城が琴客を放つの詩あり、序に曰く、琴客ハ宜城の愛妾なり、宜城老を請(うけ)て、愛妾出でゝ嫁す、人の慾を禁じて耳目の娯みを私せざるは達者なりと、是亦一箇の留与他人楽少年の人にあらずや、近清ノ李雍凞道(きだう)を学びて歌姫を散遣(さんけん)す、王西樵(せう)責るに詩を以てして云く、聴歌曾入忘憂界(聴歌して曾て入る忘憂の界)、(忽ちに枯禅の戒に縛らるる応[べ]からず)、未是香山与病縁(未だ是れ香山ならず病と縁あらず)、何妨樊子同春在(何ぞ妨げん樊子と春を同じうして在るを)、安石携妓自不凡(安石妓を携へて自ら凡ならず)、処仲開閤終無頼(処仲閤を開けども終に無頼なり)、誰為公画此策者(誰ぞ公の為に此の策を画する者は)、狂奴恨不鞭其背(狂奴恨むらくは其の背を鞭たざるを)、其辞令に嫺(みやびやか)なるや殆其至論なるを思はしむ、漁洋亦云ふ、万種心情消未尽(万種の心情消えて未だ尽きず)、忍辞駱馬遣楊枝(忍[つと]めて駱馬を辞して楊枝を遣る)と、意(おも)ふに万事傷心在目前を悟了するに暇あらざりしならんのみ、

余満腔の愁思を遣るに詩を以てせむと欲するも詩を作ること能はず、僅に古人の作を抄録して自ら慰むるのみ、此日晴れて風寒からず、午下中洲に徃き牛門の妓家を過訪して帰る、明月皎々たり、[[*>摘々録断腸亭日乗から]]


トップ   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS