&aname(d19280103){正月三日}; 快晴、終日壺中庵に在り、晡下地震ふこと元日の如し、夜銀座を歩み家に帰る、

&aname(d19280104){正月四日}; 今日も好く晴れたり、門巷[[遣羽子]]のひゞき終日絶る間もなし、午後[[鵬斎先生文鈔]]を読む中いつか[[華胥]]にあそぶ、夜お歌来る、

&aname(d19280105){正月五日}; 晴れて風なし、猶甚しからず、[[中央公論]]二月号の草稿を嶋中氏の許に郵送す、薄暮寒月を踏んで[[壺中庵]]に徃き夕餉を食す、[[初更]]家に帰り直に寝に就く、


&aname(d19280111){正月十一日。};快晴異例の暖気猶去らず、人々地妖の来らむことを怖る、午後[[日高]]君来談、[[晡下]][[葵山]]君来る、相携へて銀座*に出て[[太牙]]に登りて飰す、帰途[[壺中庵]]を訪ふ、是日[[成嶋未亡人]]及下谷の姪[[光代]]の書に接す、


&aname(d19280115){正月十五日}; 朝来微雪、正午い至つて晴る、風邪半痊ゆ、晩間[[壺中庵]]に在り、[[三村竹清]]翁の来書に答ふ、竹清翁頃日[[蜀山人]]自筆本あやめ草放歌集の二書を獲たりと云ふ、[[二更]]の後家に帰り直に寝に就く、

&aname(d19280116){正月十六日}; 晴れて暖なり、[[藤間静枝]]突然書を寄す、書中なまめきたる文字も見ゆ、怪しむべきかぎりなり、午後コレットの作シヱリイを読む、昏黒[[壺中庵]]を過ぎ麹坊の待合山弐といふ家に登りて夕餉をなす、内儀はもと北郭の娼なりしといふ、夜半壺中庵に帰りて宿す、是夜温暖春の如し、
&aname(d19280116){正月十六日}; 晴れて暖なり、[[藤間静枝]]突然書を寄す、書中なまめきたる文字も見ゆ、怪しむべきかぎりなり、午後コレットの作シヱリイを読む、昏黒[[壺中庵]]を過ぎ麹坊の待合山弐といふ家に登りて夕餉をなす、内儀はもと[[北郭]]の娼なりしといふ、夜半壺中庵に帰りて宿す、是夜温暖春の如し、


&aname(d19280117){正月十七日}; 晴れて暖なり、終日[[壺中庵]]に在り、晡時八幡宮宮門電車通の銭湯に入る、築地の[[僑居]]を去りてより殆十年町の湯に入りしことなかりしかば当時の事なにくれとなく思返しぬ、昏黒[[お歌]]が[[新籹]]成るを待ち銀𫝶に出て[[藻波]]といふ洋食屋の登りて飲む、番頭池上という者兼てより顔馴染なればなり、室内の装飾家具食器共に&ruby(せいしゃ){清洒};なり、料理もさして悪しからず出入する客も甚しく野卑ならず、まづは[[風月堂]]につぐべき処なるべし、食後新橋より日陰町を歩み壺中庵に帰りてまた宿す、是夜[[手套]]をなさざるにも更に寒さを覚えず、


&aname(d19280120){正月二十日。};快晴。温暖昨日の如し。正午関君来訪。人形町通舞踏場の景況を語ること頗る精細なり。踊子は警察の取締厳重にて場内にも刑事入込みをるを以て、舞踏の際には客とはあまり口をきかず、唯踊の相手をなすのみなれど、十時かぎり閉場の後は客の誘ふがままにいづこへも行くとのことなり。一夜の相場三拾円位、多きは百円なり。目下東京には人形町の他に日本橋東大工町辺に踊場あり。踊子を雇ひ置く処はこの二箇所のみなりといふ。日の暮れてより西北の風吹きいで門外の打水忽凍る。燈下読書、二更の後寝に就く。

&aname(d19280121){正月廿一日。};晴れて風強し。旧臘より中備日報とやら称する地方の新聞社、端書または手紙にて揮毫の催促をなすこと頗急なり。返事の手紙など出す時はかへつて後難を招ぐ虞れあればそのままに打棄てて置くなり。去る年東京の時事新報社創業何年とやらの祝賀紀念のためなりとて、&ruby(あまね){普};く余の文士俳優等の書画を請ひあつめ、数日新聞社の一室につるし置きし後人知れず売棄てになせしことあり。善悪何事かにかかはらず新聞社の催しには関係せざるがよし。終日俳諧註釈集を読む。昏黒[[壺中庵]]に行き一宿す。徹宵風歇まず。この日大寒。


RIGHT:→[[昭和3年2月]]


トップ   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS