一二月廿三日。朝来微雨、午後に至って歇む。夕餉の後壺中庵を訪ひ[[お歌]]のすすむらがままに愛宕下の年の市を歩む。押絵羽子板に男女活動写真の訳者似絵を細工したるもの尠からず。見物の人気は歌舞伎訳者の似絵よりもかへつてこの方盛んなるが如し。当今の世はカッフェーの女給芸妓と嬌名を競ふ有様なれば、活動俳優の似絵羽子板歌舞伎訳者を圧倒するも敢て怪しむに及ばざるなり。帰途虎の門に出で江戸見坂を昇るに、下町一帯の燈火淡烟蒼茫の間に明滅するさま、あたかも江湾の夜景を望むに似たり。家に帰りて後執筆、三更を過ぎて寝に就く。この日冬至なり。

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十二月卅一日。午近く起き出で、[[お歌]]を板倉通に送りて家に帰る。晴れて暖なり。郵便来状を一閲するに東京市教育局長[[藤井利誉]]の署名にて左の如き文言を活版摺にしたるものあり。

> 謹啓。今般本市ニ於テ社会教育関係講師名簿ヲ作成シ社会教育関係ノ各方面ニオケル行使選定ニ資シタクト存ジ候。就テハ同名簿中左記(文芸)部門ヘ尊名採録ノ御承諾ヲ得タクココノ段願上候(★)。負而御回答無之場合ハ御承諾被下候(★)モノト承知致タク候(★)。


余はこれに対して迷惑この上なき次第なりと葉書を以て拒絶す。凡そ何事に限らず返答なきものは承知せざるものと見做すべきが当たり前なるべきに、返事なければ承知したものとなすとは如何なる次第ならん、心得がたき事なり。そもそも東京市役所は贓吏の巣窟ならずや。藤井某なる者葉書一枚を投じて猥に人の姓名を取つてこれをその製作する名簿に載せんとす。無礼極りなきものといふべし。日の暮るると共に、七、八日頃ともおぼしき弦月の光照り渡りて、夜色蒼然たり。初更お歌来る。炉辺に茶を喫して静に年を守るに、遠来の如き康衢の車声もこの夜ばかり平日とは異りしやうなる心地せらる。除夜の鐘鳴りやみし時、お歌の帰るを送りて門外に出でて見るに、上限の月は既に没し淡烟蒼茫として四鄰の樹木を籠めたり。家に入り沐浴して後本年この日の日誌を書きをはれば、夜は早くも[[四更:https://kotobank.jp/word/%E5%9B%9B%E6%9B%B4-518515]]を過ぎたり。

[欄外朱書] 昭和九年二月教育界収賄事件アリ藤井利誉引責辞職セリ。

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