&aname(d19360907){昭和十一年九月初七日。};晴。朝の中既に華氏九十度の暑なり。夜隅田公園を歩む。芝生腰掛池のほとりなど処を択ばず殆ど裸体にひとしき不体裁なる身なりの男大の字なりに横臥するを見る。是不良の無宿人にはあらず。散歩の人ならずば近巷の若い者なるべし。女を連れ歩むもの亦尠からず。およそ東京市内の公園は夏になればいづこも皆斯くの如く、紙屑とばなゝの皮とのちらばりたるが中に、汚れたるシヤツ一枚の男の横臥睡眠するを見るなり。言問橋をわたり乗合自働車にて[[玉の井]]にいたる。今年三四月のころよりこの町のさまを観察せんと思立ちて、折々来りみる中にふと一軒憩むに便宜なる家を見出し得たり。その家には女一人居るのみにて抱主らしきものゝ姿も見えず、下婢も初の頃には居たりしが一人二人と出代りして今は誰も居ず。女はもと洲崎の某楼の娼妓なりし由。年は二十四五。上州辺の訛あれど丸顔にて眼大きく口もと締りたる容貌、こんな処でかせがずともと思はるゝ程なり。あまり執ねく祝儀をねだらず万事鷹揚なところあれば、大籬(まがき)のおいらんなりと云ふもまんざら虚言にてはあらざるべし。余はこの道の女には心安くなる方法をよく知りたれば、訪ふ時には必雷門あたりにて手軽き土産物を買ひて携へ行くなり。此夜余は階下の茶の間に坐り長火鉢によりかゝりて煙草くゆらし、女は店口の小窓に坐りたるまゝ中仕切の糸暖簾を隔てゝ話する中、女は忽ち通りがゝりの客を呼留め、二階へ案内したり{茶の間は灯を消したれば上り口よりは見えざるなり}姑くして女は降り来り、「外出」だから、あなた用がなければ一時間留守番して下さいと言ひながら、着物ぬぎ捨て箪笥の抽出しより何やらまがひ物の明石の単衣取出して着換へ始める故、一体どこへ行くのだと問へば、何処だか分らないけれど他分向島の待合か円宿だらう。一時間外出は十五円だよ。お客程気の知れないものはない。あなたなら十円にまけるから今度つれて行つてよと言ふさへ呼吸急しく、半帯しめかけながら二階へ上がりて、客と共に降来るをそつと窺ひ見るに、白ヅボンに黒服の男、町の小商人ならずば会社の集金人などに能く見る顔立ちなり。女は揚板の下より新聞紙につゝみし草履を出し、一歩先に出て下さい。左角にポストがあるからとて、そつとわが方を振向き、眼まぜにて留守をたのみいそいそとして出行きぬ。一時間とはいへど事によれば二時間過ぎるかも知れぬ臨時の留守番。さすがのわれも少しく途法に暮れ柱時計打眺むれば、まだ九時打つたばかりなるに稍安心して腰を据え、退屈まぎれに箪笥戸棚などの中を調べて見たり。女は十時を打つと間もなく思の外に早く帰り来りぬ。行つた先の様子を問ふに、向島の待合へつれて行かれしが初めより手筈がしてあつた様子にて、「ノゾキ」の相手に使はれしものらしく、ひよつとすると写真にうつされたかも知れない。通りがゝりの初会で奇麗に十五円出すとはあんまり気前がよすぎりると思ひましたと語りながら、女は帯の間より紙幣を取出し、電燈の光に透して真偽をたしかめし後、猫板の上に造りつけし銭箱の中に入れたり。早や十一時近くなりたれば又来るよとてわれは外に出でぬ。留守中にかきしこの家の間取り左の如し。

▼〔欄外朱書〕女の名詳(つまびらか)ならず自分では秋田の生なりといへど是亦詳ならず常州下館の芸妓なりし事あるが如し(九月晦日記入) [[*>摘々録断腸亭日乗から]]

&aname(d19360920){昭和十一年九月二十日};{日曜日}今にも大雨降来らむかと思はれながら、暗く曇りし空よりは怪し気なる風の折々吹き落るのみにて、雨は降らず、いつもより早く日は暮れ初めたり。[[晡下]]家を出て尾張町[[不二あいす]]店に飯す。日曜日にて街上雑遝甚しければ電車にて今宵もまた玉の井の女を訪ふ。この町を背景となす小説の腹案漸く成るを得たり。驟雨濺ぎ来ること数回。十一時前雨中家に帰る。

▼〔欄外朱書〕『[[濹東綺譚]]』起稿 [[*>摘々録断腸亭日乗から]]

&aname(d19360923){九月二十三日。};去七月朝日新聞社の記者某氏[[日高]]君を介して小説の寄稿を需めしことあり、其時は曖昧の返事をなし置きしにいよいよ来月中旬より拙稿入用の由申し来りし故病に托して辞退したり。余は[[菊池寛]]を始めとして文壇に敵多き身なれば、拙稿を新聞に連載せむか、排撃の声一時に湧起り必掲載中止の厄に遭ふべし。余はまた年々民衆一般の趣味及社会の情勢を窺ひ、今は拙稿を公表すべき時代にあらずと思えるなり。[[晡時]]銀座に赴き髪を理し、浅草公園を過ぎて[[玉の井]]に少憩し、再び銀座に戻り夕餉を食して家に帰る{此日秋分} [[*>摘々録断腸亭日乗から]]


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