&aname(d19220801){八月初一。};[[明星]]の草稾をつくらむとせしが興来らずして歇む。


&aname(d19220802){八月二日。};曇りて暑し。[[紅蜀葵]]開く。




&aname(d19220803){八月三日。};[[松莚]]子に招がれて[[風月堂]]に飰す。




&aname(d19220804){八月四日。};重ねて[[松莚]]子と[[風月堂]]に飰す。[[清潭]]子も亦来る。




&aname(d19220805){八月五日。};[[新富座]]初日。




&aname(d19220806){八月六日};華氏九十二三度の暑さなり。草稾を[[明星]]に送る。




&aname(d19220807){八月七日。};夜に入るも風なし。勉強して筆を執る。



&aname(d19220808){八月八日。};松莚子細君蓮模様中形浴衣を仕立て、小包郵便にて送り来らる。厚情謝するに辞なし。此日西風飄々。夜虫語を聞く。





&aname(d19220809){八月九日。};曇りて風涼し。[[森夫子]]の逝かれし日なれば香華を手向けむと向島弘福寺に赴く。門内の花屋にて墳墓を問ふに、墓標は遺骨と共に本堂に安置せられしまゝにて未墓地には移されずといふ。寺僧に請ひ位牌を拝して帰らむとせしが、思直して香華を森先生が先人の墓に供へてせめての心やりとなしぬ。墓地は一坪あまりにて生垣をめぐらし石三基あり。右は[[森静男]]之墓。即先生の[[厳君]]なり。中央の石は小さく文字明かならず。左の石は稍新しく[[森篤次郎]]墓と刻し、両側に[[不律]][[兌]]の三字を刻み添へたり。書体にて察するに先生の筆跡なり。[[*>摘々録断腸亭日乗から]]




&aname(d19220810){八月十日。};玄文社合評会。

&aname(d19220811){八月十一日。};仏蘭西人アベル、シユワレイ著現代英国小説史を読む。

&aname(d19220812){八月十二日};毎日驟雨来らむとして来らず溽暑甚し。深夜に至るも流汗寝衣を潤す。

&aname(d19220813){八月十三日。};天気前日の如し。

&aname(d19220814){八月十四日。};不願醒客と飲む。

&aname(d19220815){八月十五日。};午前綾部致軒来訪。驟雨あり。涼味襲ふが如し。

&aname(d19220816){八月十六日。};残暑甚しく机に凭りがたし。

&aname(d19220817){八月十七日。};秋暑甚し。樹下の[[榻]]に坐してロスタンの戯曲ドンフワンの最後を読む。

&aname(d19220818){八月十八日。};仏蘭西書院に新刊書を注文す。

&aname(d19220819){八月十九日。};終日風。


&aname(d19220820){八月二十日。};正午松莚子に招かれて風月堂に徃く。


&aname(d19220821){八月廿一日。};夜有楽座に徃きしが炎蒸久しく坐するに堪えず。葵山子と共に出でゝて帰る。


&aname(d19220822){八月廿二日。};ジヤン、ドルニス著現代伊太利亜小説史を読む。


&aname(d192208){八月廿三日。};久しく雨ふらず。庭の土煉瓦の如くになりしが、此日早朝より驟雨の&aname(そそぎ){濺};来るあり。[[萩]][[野菊]]のたぐひ一時に蘇生す。書窗に倚りて雨を看ること暫くなり。晩間銀座に徃きて飰す。唖々子書を寄す。頃日本郷[[加州候]]邸内の旧居を引払ひ東大久保西向天神祠畔に移りしといふ。唖々子本郷に住すること実に二十三年の永きに及び、去るに臨みて涙なきを得ざりしといふ。余大久保売宅の事を想出して亦[[悵然]]たり。


&aname(d19220830){八月三十日。};晴。夜[[清元秀梅]]と牛込の田原屋に飲む。[[秀梅]]酔態妖艶さながら春本中の女師匠なり。毘沙門祠後の待合岡目に往きて復び飲む。秀梅[[欷歔]]啼泣する事頻なり。其声半庭の虫語に和す。是亦春本中の光景ならずや。[[*>摘々録断腸亭日乗から]]


RIGHT:→[[大正11年9月]]


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