&aname(d19220101){正月元旦。};正午の砲声に睡より覚む。雪歇みしが空いまだ晴れず寒気甚し。年賀の客来らざれば門扉も鎖せしままなり。年賀の郵便物を一閲して後台所に行き昼餉をつくり珈琲を煮る。食後前年の日記を整理し誤字を訂す。夜に至り空晴れ繊月を見る。[[旧臘]]脱稿した一幕物『冬の朝』を改竄す。

&aname(d19220102){正月二日。};正午南鍋街風月堂にて食事をなし、タキシ自働車を[[雑司ヶ谷墓地]]に走らせ[[先考]]の墓を拝す。去年の忌辰には腹痛みて来るを得ず。一昨年は築地にあり車なかりしため家に留りたり。この日久振にて来り見れば墓畔の樹木俄に繁茂したるが如き心地す。大久保売宅の際移植したる[[臘梅]]幸にして枯れず花正に盛なり。この臘梅のことは既に『[[断腸亭雑藁]]』の中に識したれば再び言はず。

&aname(d19220103){正月三日。};日当りよき窗のほとりに椅子を移し、[[ブラスコ・イバネス]]の小説『湖心の悲劇』を読む。夜に入りて寒甚し。



&aname(d19220104){正月四日。};[[晷]]&ruby(やや){稍};永くなりたり。他に及んで窗猶明るし。[[風月堂]]に至るに偶然[[籾山柑子]]に逢ふ。近年真言宗の鈴を収集して娯むといふ。[[弦月]]空にかゝり、風絶えて寒気地中より湧出るが如し。銀座通りも人影なし。日比谷を歩みて帰る。

&aname(d19220105){正月五日。};寒気甚しく室内洗面器の水道凍りて水出でず。夕刻[[唖々]]子電話をかけ来る。新橋の[[弥生]]に招ぎて飲む。

&aname(d19220106){正月六日。};水道凍ること前日の如し。去年の冬には一たびも凍りしことなし。今年の寒気知るべきなり。夕刻地震あり。此日寒の入。

&aname(d19220107){正月七日。};[[七草会]]仲通の[[末広]]に開かる。晴れたれど風寒し。不在中[[百合子]]来る。

&aname(d19220108){正月八日。};[[竹田屋]]年賀に来る。

&aname(d19220109){正月九日。};曇りて寒し。午後[[百合子]]来る。薄暮雨&ruby(あられ){霰};を交ゆ。


&aname(d19220110){正月十日。};晴れて暖なり。午後[[富士見町]]に徃く。近年自働車の徃復頻繁となりてより、下町の道路破壊甚しく、雨後は泥濘踵を没す。之に比すれば山手の道路阪多きところは霜解もなく散歩に好し。夜電話にて明星発行所より草稾を催促し来れり。

&aname(d19220111){正月十一日。};午後小説起稾。夜[[九穂]]氏と銀座[[清新軒]]に飲む。寒月皎々たり。

&aname(d19220112){正月十二日。};寒月を踏んで[[楽天居]]新春の句会に徃く。帰宅の後執筆暁二時に至る。

&aname(d19220113){正月十三日。};[[唖々]]子と[[人形町]]にて待ち合せ、[[芳町]]の妓家福堺屋を訪ふ。曾て牛込にて知りたる女なり。風烈しく寒気甚し。

&aname(d19220114){正月十四日。};暮方より雪ふり出しぬ。風なくしめやかなる降り方なり。風月堂にて食事をなし南佐柄木町の[[弥生]]に至り、[[巴屋の老妓]]に逢ふ。



&aname(d19220115){正月十五日。};晴れて暖なり。雪後泥濘の巷を歩み[[大石国手]]を訪ひしが不在なり。

&aname(d19220116){正月十六日。};終日几に凭る。

&aname(d19220117){正月十七日。};同雲黯澹たり。夜[[百合子]]を平川町の家に訪ふ。

&aname(d19220118){正月十八日。};朝来雪粉紛粉たり。

&aname(d19220119){正月十九日。};松竹会社より女優養成所授業開始につき出向かれたき由通知あり。
去年の秋女優募集の際、余は[[小山内]]君に向ひて教授に行くも苦しからざる由語りたるが故なるべし。
雪後微恙あり徃くこと能はず。電話を以つて辞す。夜四谷に徃き[[お房]]に逢ふ。

&aname(d19220120){正月二十日。};午後銀𫝶第百銀行支社に徃き、帰途朱葉会展覧会を見むとて三越楼上に徃く。展覧会は昨日かぎり閉会せしといふ。偶然[[小波]]先生に逢ひ、倶に支那陶器文房具の陳列を見る。楼を下るに日猶高し。毎夕新聞社に唖々子を訪ひ風月堂に飰し、例の如く清新軒に憩ふ。帰宅の後執筆夜半を過ぐ。

&aname(d19220121){正月廿一日。};晴れて寒し。

&aname(d19220122){正月廿二日。};数年覚えしことのなき寒なり。大正六年の冬大久保に在りしころ屢硯の水凍りたけれど、本年の寒さはそれよりも猶甚しきが如し。麻布の地は元来大久保より暖なるに、本年は硯の水盆栽の土より尿瓶の中のものまで朝見れば皆凍りたり。夕餉の後南佐柄町の弥生に徃き、[[巴家の師匠]]に逢ふ。弥生の内儀はもと此地の妓にて、巴家方へ稽古に来りしもの。大久保の宅へも折々丸髷に結ひ遊びに来りしこともありき。此夜寒気甚しく畳の上に坐すること堪えがたき程なれば、ウイスキイ六七盃を傾けしが更に酔を催さず。余一昨年厳冬の頃より就眠間キユライツソオを飲み、食事の折々シヱリイ葡萄酒を飲むこと多き時は四五杯に及ぶ。酒量大いに進みしものとおぼゆ。


&aname(d19220123){正月廿三日。};寒気昨日の如し。残雪猶屋根にあり。夕刻入浴中俄に悪寒を覚え早く寝に就く。体温三十八度あり。

&aname(d19220124){正月廿四日。};終日臥病。

&aname(d19220125){正月廿五日。};[[百合子]]来りて病を問はる。

&aname(d19220126){正月廿六日。};病痊ゆ。小説執筆。

&aname(d19220127){正月廿七日。};寒風を恐れて家を出でず。偏奇館画譜を描く。

&aname(d19220128){正月廿八日。};[[松莚]]子に招がれて風月堂に飲む。[[酔歩蹣跚]]独り弥生に至り、八重次に逢ふ。

&aname(d19220129){正月廿九日。};同雲黯澹、薄暮雪降来る。

&aname(d19220130){正月三十日。};[[玉山酔士]]と芳町の福堺屋に飲む。

&aname(d19220131){正月卅一日。};[[松莚]]子に招がれて[[風月堂]]に飲む。[[清潭]]子亦来り会す。帰途清潭子と[[帝国劇場]]に徃きて稽古を見る。清元連中出語あればなり。

RIGHT:→[[大正11年2月]]


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