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十二月卅一日。午近く起き出で、[[お歌]]を板倉通に送りて家に帰る。晴れて暖なり。郵便来状を一閲するに東京市教育局長藤井利誉の署名にて左の如き文言を活版摺にしたるものあり。

> 謹啓。今般本市ニ於テ社会教育関係講師名簿ヲ作成シ社会教育関係ノ各方面ニオケル行使選定ニ資シタクト存ジ候。就テハ同名簿中左記(文芸)部門ヘ尊名採録ノ御承諾ヲ得タクココノ段願上候(★)。負而御回答無之場合ハ御承諾被下候(★)モノト承知致タク候(★)。


余はこれに対して迷惑この上なき次第なりと葉書を以て拒絶す。凡そ何事に限らず返答なきものは承知せざるものと見做すべきが当たり前なるべきに、返事なければ承知したものとなすとは如何なる次第ならん、心得がたき事なり。そもそも東京市役所は贓吏の巣窟ならずや。藤井某なる者葉書一枚を投じて猥に人の姓名を取つてこれをその製作する名簿に載せんとす。無礼極りなきものといふべし。日の暮るると共に、七、八日頃ともおぼしき弦月の光照り渡りて、夜色蒼然たり。初更お歌来る。炉辺に茶を喫して静に年を守るに、遠来の如き康衢の車声もこの夜ばかり平日とは異りしやうなる心地せらる。除夜の鐘鳴りやみし時、お歌の帰るを送りて門外に出でて見るに、上限の月は既に没し淡烟蒼茫として四鄰の樹木を籠めたり。家に入り沐浴して後本年この日の日誌を書きをわれば、夜は早くも四更を過ぎたり。


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