こじんまりとした和食中心の小料理屋だったようだ。

「二階に小さな部屋がひと間かふた間あり、階下はかぎ型になった土間にテーブルと小椅子が並んだ店だった」『荷風と東京』p.169、丸岡明『港の風景』(三月書房 1968)からの引用。

「小料理屋金兵衛の主人は築地佃煮店の老舗『佃茂』の弟で、芝口(新宿駅烏森口)に佃茂支店を出した。ところが働き者の細君はその向側に小料理店を開いた。この細君は、元新橋藤都の登志という芸者で、荷風先生とは顔なじみだった。そんなわけで、昭和十八年に強制疎開で取払いになるまで先生は毎晩のように夕食に通われた。」『荷風と東京』p.529、相磯凌霜「永井荷風日記の栞」『永井荷風日記』付録(東都書房 1958-59)からの引用。


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Last-modified: 2015-02-03 (火) 10:55:11 (1536d)