六月初一。(旧五月朔)晴。常磐木の落葉紛〻たり。椎の花香し。晩間銀座食堂に飰して後きゆうぺるに少憩してかへる。 六月初二。快晴。薫風習々たり。午後佐藤春夫野田書房主人と共に来る。余が旧作雨瀟々を出版したしといふなり。夜きゆうぺるにて京屋の児玉?氏より金参百八拾参円四銭小切手受納。 六月三日。道源寺坂は一兵衛町一丁目住友の屋敷の横手より谷町電車通へ出づる間道にあり。坂の上に道源寺。坂の下に西光寺といふ寺あり。この二件の寺の墓地は互いに相接す。西光寺墓地の生垣は柾木にてその間に蔦と忍冬の蔓からみて茂りたり。五、六月の交忍冬の蔓には白き花さき甘き薫りを放つ。花の形は図に書けるが如し。この日くもりて風涼し。朝の中銀座一丁目川崎銀行に往く。途中水木京太に逢ふ。 六月四日。朝の中より小雨音もなくしめやかに降りて歇まず。谷崎氏その著攝陽随筆を贈らる。午後山田一夫岡倉書店店主を伴ひて来り訪はる。山田君友人著するところの情死論の草稿を示さる。夜銀座食堂に飰して後茶店きゆぺるに少憩してかへる。雨 六月五日快晴。丁字葛の花馥郁たり。隣家の柚子の花また好く匂ふ。古書肆弘文荘広告目次を見てアーネストサトウの日本滞在記A Diplomat in Japanを購ふ(金十八円也)
六月六日晴。読書半日。暮るゝを待ちて銀座に往き竹葉亭に飰し茶店きゆうぺるに少憩してかへる。 六月八日晴。晡下楠荘三郎?氏(大沼枕山孫女の良人)来り訪はる。枕山所蔵の文書其他遺品は上野芋阪長善寺に保存せられしが今はいかゞなりしや詳ならずと云ふ。 六月九日快晴。朝森銑三君来訪。其著近世文芸研究を贈らる。午後読書。黄昏銀座通モナミに飰す。三田稲門両学の書生各隊をなし泥酔放歌やゝもすれば闘争せんとす。巡査町の辻〻に立ちて非常を戒しむ。新橋〻上にて偶然吉井君に逢ふ。独り芝口の金兵衛に少憩してかへる。(日曜日)
六月十一日晴。午後雷鳴また地震あり。 六月十二日晴。水上氏其の新著倫動の宿一巻を贈らる。夜に入りて風俄に寒し。 ●六月十三日。晴。終日アーネスト、サトウの維新見聞記を読む。 六月十四日。晴。 六月十五日。晴。 六月十六日。晴。日暮銀座に往き不二あいすに飰す。キユペルの諸氏と金兵衛に立ち寄りてかへる。
六月十七日。晴れて俄にあつし。 六月十八日。晴。朝来南風烈しく暑気盛夏の如し。ハアンの小説ユーマ(Youma)をよむ。 六月十九日。晴又陰。隣家の卯の花開く。午後堀口大学氏来訪。溽暑昨の如し。燈刻(七時過)銀座通藻波に飰す。
六月二十日くもりて風涼し。朝の中土州橋病院に往く。不在中川瀬巴水氏来り訪はれしと云ふ。夜銀座に往く。十時過出雲町角襟治隣り玩具屋より出火三軒ばかり焼けたり。 六月廿一日曉明地震あり。晡下また強震燈刻より大に雨ふる。銀座通松喜食堂に飰す。 ●六月廿二日。晴。薄暮芝口の芳中に飰しきゆぺるに小憩してかへる。土曜日にて銀座通り雑遝甚し。 ●六月廿四日。午後雨滝の如し。晩間渡辺生と根岸の某亭に飲む。帰途新橋のきゆうぺるに一茶す。雨歇みしが家に到るころまた振り出しぬ。 六月廿五日。陰晴定まらず風涼し。正午三菱銀行に往く。虎之門また桜田本郷町四辻に巡査二、三十人ヅヽ辻の四方に立ちて警戒するを見たり。二重橋下を過るにこゝにも巡査五六人づゝ芝生の彼方此方に立ち警部らしき者も二、三人徘徊したり。馬場先近き歩道の上に白衣を着たる法華宗の信者七、八人団扇太鼓を叩き二十橋の方に向かいて読経す。かくの如き光景は今日のみならず二、三年来折〻見るところなり。〔この間半行抹消〕帰宅後俄に腹痛下痢を催したれば懐炉を抱き臥床に横りてハアンの熱帯紀聞Contes des Tropiques?を読む。 六月廿六日。晴。この夜十時より十一時半まで点燈を禁じられる。 六月廿七日。曇りて風冷なり。四月頃種蒔きたる鳳仙花に花をつけたり。虎耳草丁字葛の花は既に無し。夜杏花邸招飲。 六月廿八日。陰。南風烈しく溽暑甚し。中央公論の島中氏手紙にて原稿を徴せらる。終日ハアンの作を読む。燈刻尾張町竹葉亭に飰しきゆぺるに立寄りてかへる。隣家の石榴花ひらく。 六月廿九日。南風歇まず溽蒸いよ/\甚し。京都加茂川氾濫被害多しと云ふ。 六月三十日。溽暑忍ぶ可らず。腹痛就床。 |