荷風先生の『寺じまの記』に名前が見える。

「車掌が弘福寺前と呼んだ時、妾風の大丸髷とコートの男とが連立って降りた。(中略)むかしならば須崎村の柳畠を見おろすあたりである事がわかった。しかし柳畠にはもう別荘らしい門構もなく、また堤には一本の桜もない。両側に立ち続く小家は、堤の上に板橋をかけわたし、日満食堂などと書いた納簾を飜しているのもある。人家の灯で案外明いが、人通りはない。」

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Last-modified: 2015-03-07 (土) 09:09:43 (1784d)