八月五日。楽天居運座。雷雨甚し。雨戸をしめて句をつくる。初更に至つて霽れたり。此夜主人の令嬢十八年の誕生日なりとて手づくりの田舎汁粉を馳走せらる。余病後六年汁粉を口にせざりしが、この頃の腹具合なれば気遣ふにも及ばじとて、二椀を更へたたり[#「更へたたり」はママ]。家に慶事ある時汁粉鮓などつくりて来客をもてなす事を得るは、全く妻拏[#「拏」に「〔ママ〕」の注記]の賜なり。此の煩累なきものは亦この楽しみもなし。帰途月中忽雷雨に逢ふ。天色雲影奇観極り無し。 八月七日。驟雨。 八月八日。この日立秋。 八月九日。驟雨歇まず。 八月十日。午前雨の晴間を窺ひ中洲病院に徃く。日暮九穂子来る。 八月十一日。再び暑くなりぬ。庭上燈心蜻蛉の多く飛ぶを見る。 八月十二日。秋に入りてより日の暮れざまあはたゞしくなりぬ。夕顔の花咲出る頃行水して銀座に行き、晩食を食し、日比谷公園を過ぎて帰る。国訳漢文大系本戦国策を読む。虫始めて啼く。 八月十四日。毎日秋暑甚し。 八月十五日。晩涼水の如し。燈下偏奇館漫録を草して新小説に寄す。 八月十六日。鄰家の朝顔垣に攀ぢてわが庭に咲き出でぬ。崖の竹藪にさら/\と音する風、秋ならでは聞かれぬ響なり。 八月十七日。糸瓜の葉裏に芋虫多くつきたり。 八月十九日。二百十日近づきたるにや風雨頻なり。 八月二十日。新聞記者の訪問を避けむとて戯に左の如き文言を葉書にしたゝめ新聞雑誌の各社に送る。 [#ここから2字下げ] 拝啓益々御繁栄の段奉賀候陳者小生今般時代の流行に従ひ原稿生活改造の儀実行致度大畧左の如く相定申候間何卒倍旧の御引立に与り度く伏して奉願上候 八月廿一日。日暮驟雨。 八月廿二日。日曜日。暮雲燦然。夕陽燃るが如し。秋漸く深きを知る。虫の声夜ごとに多くなりぬ。 八月廿三日。残暑甚し。 八月廿五日。竹田屋の主人写真機を携来りて偏奇館書斎を撮影す。 八月廿六日。曇りて風冷なり。初めて燈火に親しむ。 八月廿七日。秋隂夢の如く草花漸く鮮妍たり。夜細雨糠の如し。 八月廿八日。午餐後有楽座改築工事を看る。夜偏奇館漫録を草す。 八月三十日。日々秋暑焼くが如し。 八月卅一日。全集第六巻校正終了。 |