二月朔。臥病。記すべき事なし。 二月二日。臥病。 二月九日。病床に在りておかめ笹続篇の稿を起す。此の小説は一昨年花月の廃刊と共に筆を断ちしまゝ今日に至りしが、褥中無聊のあまり、ふと鉛筆にて書初めしに意外にも興味動きて、どうやら稿をつゞけ得るやうなり。創作の興ほど不可思議なるはなし。去年中は幾たびとなく筆秉らむとして秉り得ざりしに、今や病中熱未去らざるに筆頻に進む。喜びに堪えず。 二月十日。蓐中鉛筆の稿をつぐ。終了の後毛筆にて浄写するつもりなり。 二月十一日。烈風陋屋を動かす。梅沢和軒著日本南画史を読む。新聞紙頻に普通選挙の事を論ず。盖し誇大の筆世に阿らむとするものなるべし。 二月十二日。蓐中江戸藝術論印刷校正摺を見る。大正二三年の頃三田文学誌上に載せたる旧稾なり。 二月十五日。雪降りしきりて歇まず。路地裏昼の中より物静にて病臥するによし。 二月十七日。風なく暖なり。始めて寝床より起き出で表通の銭湯に入る。 二月十八日。近巷を歩まむと欲せしが雨ふり出したれば止む。 二月十九日。風月堂に徃き昼餉を食す。小説おかめ笹執筆。夜半を過ぐ。草稾後一回にて完結に至るを得べし。 二月二十日。終日机に凭る。昼過霰の窓打つ音せしが夕方に至りて歇む。 二月廿一日。浴後気分すぐれず。 二月廿二日。早朝中洲病院に電話をかけ病状を報ず。感冒後の衰弱によるものなれば憂るに及はずとの事なり。安堵して再び机に凭る。 二月廿四日。雪やみしが空くもりて寒し。午後永井喜平来談。おかめ笹最終の一章筆進まず。苦心惨澹。 二月廿五日。空くもりて風あたゝかなり。 |