二月朔。清元梅吉本日より稽古始める由言越したれば徃く。清心上げざらひをなす。 二月二日。立春の節近つきたる故にや日の光俄に明く暖気そぞろに探梅の興を思はしむ。午後九段の公園を歩み神田三才社に至り新着の小説二三冊を購ひ帰る。 二月四日。立春。 二月六日。終日雨。本年になりて始めての雨なり。 二月七日。植込にさし込む朝日の光俄にあかるく、あたり全く春めき来りぬ。鵯の声に交りて雀の囀りもおのづから勇しくなれり。 二月八日。早朝築地に行き権八鈴ヶ森の段稽古はじむ。清元浄瑠璃の中にて此の鈴ヶ森刑塲の段、殊に二上りの出、余の最も好む所なり。浦里三千歳なぞよりも遥によし。午後歌舞伎座に立寄る。延寿太夫父子吉野山出語あればなり。 二月九日。家に在りて午後より腕くらべ続篇の稾を起す。去冬思立ちし紅箋堂佳話二三枚は筆すゝまざれば裂棄てたり。 二月十二日。腕くらべ製本二部を添へて出版届をなす。久振りにて新福亭を訪ふに花月楼主人在り。款晤日暮に至る。 二月十三日。樹間始めて鶯語をきく。福寿草花あり。今村次七君金沢より出京、断膓亭を訪はれ浮世絵の事を談ぜらる。 二月十五日。三田文学に書かでもの記を寄す。 二月廿四日。新演藝過日市川左団次のために懸賞脚本の募集をなす。此日選評者一同を東仲通鳥屋末広に招飲す。余も選評者中の一人なれば招れて徃く。帰途新福にて八重次唖々子と飲む。 二月二十五日。梅花未開かざれど暖気四月の如し。貝母の芽地中より現れ出でたり。 二月廿八日。昨夜深更より寒雨凍りて雪となる。終日歇まず。八ツ手松樹の枝雪に折れもやせむと庭に出で雪を払ふこと再三なり。 |