四月二日。晴、後に雨。 四月三日。風雨を冒して明治座に徃く。此日初日なり。岡君新作の狂言其姿団七縞を見る。 四月四日。天気定まらず風烈し。梅花落尽して桜未開かず。 四月五日。竈河岸八新亭にて正午明治座当祝の酒宴あり。帰途毎夕新聞社に唖々子を訪ひ、新橋の弥生に一酌す。 四月七日。風吹き狂ひて夕方より雨ふる。桜花の候、天気日々行楽に適せず。大正二年大窪多与里を書きける頃、花開きて風寒き日多かりし事ども、何ともつかず憶ひ起しぬ。 四月九日。市兵衛町表通宮内省御用邸塀外に老桜数株あり。昨日あたりより花満開となれり。近鄰の児童羣れ集りて、或は石を投げ、或は竹竿にて枝を折り取らむとす。日本の子供は犬を見れば撲ち、花を見れば折らざれば已まず。獰悪山猿の如し。 四月十一日。春陽堂店員来り、余が旧作の脚本をあつめて一巻となし出版せむことを請ふ。 四月十二日。暮雨瀟瀟たり。 四月十三日。雨中芝山内を過ぐ。花落ちて樹は烟の如く草は蓐の如し。燈下山内秋生君新著青春の序を草す。 四月十五日。崖の草生茂りて午後の樹影夏らしくなりぬ。 四月十六日。銀座通の商舗早くも麦藁帽を陳列す。路傍に西洋百合天竺葵の球根を売るもの多し。夜鶴屋南北の脚本集を読む。 四月十七日。時々驟雨あり。 四月十八日。午前驟雨。午後に霽る。 四月十九日。風冷なり。庭の雑草を除く。花壇の薔薇花将に開かむとす。 四月廿一日。晩餐後築地河岸を歩む。溝渠の水死して月黯澹たり。深更雨ふる。 四月廿二日。雨歇まず。腹痛を虞れて湯たんぽを抱き机に凭る。深更に及んで雨滝の如し。 四月廿三日。快晴。夜月よし。蛙鳴く。 四月廿八日。薄暮木曜会に徃かむとして驟雨に妨げらる。唖々子と烏森の待合嶺月に飲む。雨後月あり。 四月廿九日。天気晴朗。薫風爽颯。 |