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ホルンと私

高校に進学。中学部活でいっしょだった人間も多くて、なんの楽器を担当するか微妙になる。中学でチューバやりたいって言ってやつがトロンボーンやりたいと言いだし、私「トロンボーンは出番少なくてヒマでつまんないなあ、ホルンなら延々吹いているからおもしろいかなあ」とかホルンに。マーラーとかで活躍してるからいいかなあ、とか。

これは大失敗。もうなんというかこのホルンという楽器は難しいし、正直好きになれなかった。ホルンらしい音出ないし、右手に変な力はいって痛くなるし。

一回右手首に水がたまってしまって病院に行って注射針で抜いてもらったことがある。「右手よく使うことしてますか、テニスとか」とか「いや、吹奏楽です」みたいな。「んじゃあれだろう、若いからのう」とか思われたんじゃないかと思っていやな気分でしたね。ははは。そんなあれですわ。

とにかくあのホルンらしい音が出ないのよ。トロンボーンみたいなボーボーした音になっちゃう。高音出すのも苦しくて唇痛いし。いっしょうけんめい練習したんだけどねえ。いちおうすぐにいろいろ吹けるようになるんだけど、音が悪いのは致命的な感じがした。ロングトーンとかいっしょうけんめいひゃってもだめ。マウスピース2、3個変えてもだめ。悩む。1回学校の先生に紹介してもらってわざわざ山形市まで習いに行くけどだめ。

その一方で、音大(武蔵野音大とかそこら)に進んでいる先輩とかがいて、音大いいなあ、とか。楽器で入って指揮とか作曲とかに行けないかな、とか。行けません。

でもとりあえず高一の夏ぐらいからピアノ習いに行く。24才ぐらいの桐朋音大出の人でね。なんかレッスン中はドア開けらてたりして。襲われるとでも思ってたんだろうか。ショパンは好きだけどドビュッシーはぼやっとしていてわからん、みたいな人。

半年かけて2声のインヴェンション半分曲ぐらいやったかな。むずかしい。ちゃんと通して弾くことができない。聴音、ソルフェージュの練習もしてもらう。まあできないことはない、ぐらい。ピアノで単音なら音とれるが、和音を聞きとるのは苦手。

でもまあホルンもピアノも練習しているうちにたいへんなことに気づくんよね。私はリズム音痴である。ははは。どうもメトロノームにちゃんと合わせることができないんよ。これは気づいたときはショックだったなあ。メトロノームが狂ってるように感じるんよね。

高一の冬のときには、もうこれは音楽やるのは無理だな、みたいな。あきらめ。勉強の成績いいんだからそっちでいろいろやった方が早そうだ、みたいな。挫折。

部活ではやっぱり生意気だと思われてていろいろモメらかしてしまう。そういうつもりではないのですが。どうも女子が優勢な社会は苦手です。


トロンボーンと中学生の私

中学校に入って迷わず吹奏楽部に入る。しかしこれがなかなかたいへんだったわねえ。

トロンボーンの先輩はすばらしい音を出す人であこがれた。なんていうのか唇の形とかの問題なんかね。ほれぼれする音だった。僕もがんばってあんな演奏がしたい!みたいな。

吹奏楽部ってのはまあ今だにどこもそうなんだろうけど、上下関係がすごい厳しいんよね。それになんかしらんけど無駄に禁欲的。先輩見たらかならず挨拶、椅子も前の方の1/3にしか座らない、マスピースだけで数十分、へたすると1日マウスピースだけで練習する、延々ロングトーン、曲はそのときに演奏してる曲だけ、とか馬鹿みたい。

特に上下関係ではもうかなり苦労したです。私はふつうにしていてもなんかどうも生意気に見えるらしくてねえ。まあかわいがってくれた先輩もいたんだけどね。

小学生のころからなにかあるとまず本を読んで知識をつける子どもだったので、トロンボーンの練習法についていろいろ本読んだりもしたな。そういうのと部活での練習がぜんぜんちがっていて苦痛だった。

2年生ぐらいになると、美音の先輩がいなくなり、トロンボーンの3年生がいない状態になって1年生や同級生と自分たちで練習メニューを決めるようになって、これは少したのしかった。みんなでいろんなキーでスケール練習して、I- IV -G – Iとかのカデンツ吹いて「いいハーモニーだ!」みたいな。トロンボーンの魅力はその分厚いハーモニーですよ。

まあ正直私がはいったときのその部活はもうぜんぜんだめで、ティンパニのチューニングさえできない感じだったと思う。1年の夏にティンパニの3年生女先輩と二人でチューニングについて研究したのはよい思い出だ。私の方が耳がよいしあれなので、チューニングのしかたを教えたり。チューニングは教えましたが、チューは教えてもらってません。ははは。あとバスクラの先輩がなんか意味なくうちに遊びに来たりしたな。ははは。

2年生後半からはもちろん指揮者。とにかく他の楽器の子もチューニングさえできない状態だったのでそれの重要性をあれして、ハーモニーの練習いろいろやったな。3年生では自由曲はフィンランディアやったんだったかな? けっこうよかったと思うけど、きれいにやるのを目指すあまりちょっとこじんまりして元気がなかったかもしれない。

高校生の定期演奏会みたいなのも聞きにいって、「愛のコリーダ」とか「愛するデューク」とかやってるの聞いていいなあ、とか。そういうの好きだったんよね。


トロンボーンと小学生の私

小学校4年生の終りぐらいに学校のブラスバンド部に入ることになったんだったかな?なぜそうなったのかはおぼえていない。トロンボーンを担当することに。なぜそうなったのかも覚えていない。でもまあ、はじめて触ったときからとてもいい感じだった。

スライドに塗るクリームとかもなんかいい匂いで好きだったね。最初細管だったけどすぐに新しく買ったバストロンボーン担当することになったんだったかな。あれ?

しかしこのブラスバンド部の教え方があれで、Bbの音を「ド」って呼ぶんだわね。まあトランペットとかと合わせるためにそれでしょうがないといえばしょうがないんだけど。Bb C D Eb F G A Bbがドレミファソラシド。楽譜もそう読む。そんでピアノでの読み方と混乱して苦しむことになる。

実はこれはいまだに苦しんでいて、へんな中途半端な絶対音感がついて、いまだにトランペットとトロンボーンだけはBbが「ド」、Fが「ソ」って聞こえてしまうんよね。ピアノはCがドって聞こえて混乱する。絶対音感ではなく、楽器の鳴りとかで判断していると思うんだけど。

まあ小学校のブラスバンド部はそこそこ楽しんだような気がする。演奏してたのは簡単な行進曲みたいなもんだったわね。正直あんまり記憶がない。


ピアノと私

おそらく笛で苦労したりしたのを見て親はなにかを思ったのか、妹をヤマハ音楽教室なるものに通わせようとしたのかな? ちょっと記憶が定かではない。

うちにピアノが来た! 「ぼくも行ってみる」みたいにして教室見学した記憶がある。なんか聴音みたいなことをしていた。先生がソシレファーって弾いてみんな「属七!」とか答えるとかそんなの。興味はあったけど、ぜんぶ女の子でこれは私のいる場所ではない、と。でもうちにきたピアノはすばらしくセクシー。どうやって弾くんだろう?みたいな。

妹がなんかバイエルだかもっと簡単なのだかを弾いてて、私も見よう見まねで弾いてみたり。楽譜はとりあえず読めるようになってたんだと思う。

んで、ほどなくそこの先生が(今思えばモグリで)近所の女の子の家でピアノ教室をする、ってんで妹が音楽教室やめて習いにいく。あれおそらくモグリだよなあ。

まあそういうことをする先生だからもちろんよい先生ではない。バイエルだったかなんだかわすれたけど、弾けなくて困っていると「おなじとこやってたら日が暮れるわよ」みたいなこと言われてやめてしまう。まあしょうがないねえ。田舎だから。


音楽と私(1) ハーモニカ・リコーダー・小太鼓と私

さて、いつものように自分語りをはじめるですか。ははは。

うちの両親はぜんぜん音楽とは関係ない人々でしたね。はじめて音楽というものを意識したのは小学2年生ぐらいかねえ。なんか音楽の授業で当時はハーモニカとかってやってて、それが吹けない、と。それが音楽に関する一番古い記憶かな。
当時からもうネガティブな少年だったので、「わーん、学校でハーモニカが吹けない、だめだ、死ぬ、学校行きたくない」みたいになってて、家でなんか楽譜見ながら父親となんかしてた記憶がある。「白地に赤く」とかあれじゃないかな。軍国少年だったわけでも軍国小学校だったわけでもないと思うけど。あれ、「あれマツムシが泣いている」だったかなあ。
ところが1日やったら吹けるようになって、そんときはそれでおしまい。ああハモニカって楽器は小学生向けではないわね。あれは難しい。ピアニカになってよかったすね。
次の試練は小学3年生だったかなあ。家にこもっている私を心配したのか、親がカブスカウトとかっていう軍国組織に入れて(やっぱり軍国教育を受けてたのか。もう死ぬほど嫌いでした)、そこで鼓笛隊とかってものをするようになる。リコーダー吹くわけですわね。楽譜読めないし、たしか今思えばヘ長調だし「シb」とかわからんし。「わかーいちからーとかんげきに〜」とかって曲だと思うけど、楽譜の読み方がわからなくてわーんと泣いてた。もう行きたくない、と。父親はハモニカは知ってるけどリコーダーは知らんわけですわ。もちろん母親も。それに、この曲は弱起なわけだけど、なんで楽譜から「ド」の音がはみでているのだ、許せん、みたいなのもあって。親がこの「ド」について誰かに電話かけて聞いてくれた記憶がある。その8分音符の「ド」の分は、曲の最後に8分音符を借りてきてるので最後短くなってます、それで帳尻とれてますから大丈夫。そうですか、わかりました、それなら吹けます、みたいな。もう当時から理屈っぽいのが爆発しておりました。
しかしこれも一晩練習したらいきなり吹けるようになるわけですわ。ていうか楽譜みたらなんでもその場で吹けるし。しかし鼓笛隊っていうのは「奇兵隊」とかなんか長州だの薩摩だの官軍な感じでいやですよね。
まあとにかくリコーダーぐらいはすぐに吹けるようになることがわかる。
3年生後半とかになると小太鼓とかやらされるわけですが、もうそういうので困ることはなくなりました。だいたい体育以外なにやっても他の子よりは早く修得できることに気づくのはこのころ。今思えばフラムとかあるんだけどちゃんと教えてもらえない。あのタイミングでパラディドルとかルーディメンツ教えてもらえたらよかったなあ。