二月初三。 朝八時頃目覚めて窓外を見るに雪ふりしきりて、窓にちかき椎の木の枝雪の重さにたはみて折れむとす。竹青木の如きは皆地に伏したり。午に至りて雪歇み空次第に霽る。晡時兜町なる片岡商店に至り番頭永田氏に面会し、余が定期預金の全額を株券に替ふべき事を委託す。盖し平価切下の災厄に処せむと欲するなり。片岡方を去るに日猶暮れず。空は青々と晴れわたりたれば、乗合自働車(=バス)にて浅草に至り観音堂に賽して後、また乗合にて千住に徃き大橋の欄干に倚りて河上の雪景を見る。時に日は既に没し、暮雲連山の如く棚曳きわたり、黄昏の微光屋上の雪に映じて紫色を呈す。橋上及び人家の窓には燈火早くも輝き出したれど、空と水面との明さに対岸の屋根は却て暗く、その上につもりし雪さへ次第に黒く見ゆるやうになりぬ。夕雲の連りわたるさま見る見る中に変り行くを眺めやる時、ふと雲の切目より思ひもかけぬ富士の影を認め得たり。北斎が描きし三十六景の中にも千住の図あれど、余は大橋の上より富士を見しは始めてなれば、珍しき心地して手帳取出し橋の灯をたよりに見たる処を描きぬ。歩みて中組の停留塲より乗合自働車に乗り雷門に至り松喜牛肉店に飯す。銀座に来りて喫茶店きゆぺるに憩ふ。竹下山田桶田?万本酒泉の諸子来り会す。氏の旧著を竹下氏より借覧せむ事を約す。例のごとく酒泉氏と共に汁粉を食してかへる。此夜節分寒気甚し。*

昭和九年二月廿三日。晴。北風寒し。終日ビリイの著『現代仏蘭西文学史』をよむ。燈刻尾張町に徃き不二あいす店にて飯しきゆうぺるを過ぎて帰る。

  当世青年男女の用語
 どうかと思ふね
 わしやアつらいヨ
 参つたヨ
 相当のもんだ 相当にうるさい奴だ
 のしちやう
 雰囲気に酔つた
 バツクを離れて自分だけとして考へる
 わし顔まけした
 腐つた あいつ腐つてゐたヨ
 憂鬱だヨ
 転向
 清算する 過去を清算する
 しけてゐる
 ダンチだ
 タイアツプ~*


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Last-modified: 2015-02-04 (水) 07:13:34 (785d)