昭和九年十一月六日。晴れてむし暑し。午後兜町仲買片岡氏を訪ふ。増税問題起りてより人心恟々、前途暗淡として方針を定め難しと云ふ。余窃に思ふに、今回の増税は天保改革の時幕府が蔵宿及用達の富商に上納金を命じ、亦江戸近郊に在りし幕府旗本の采地(=領地)を返上せしめんとしたる政策に似たり。天保の改革は其半にして挫折したり。今回〔此間約九字抹消。以下行間補〕軍部の為すところ〔以上補〕果して能く成功すべきや否や。余は寺門静軒為永春水等の轍を蹈んで筆禍を蒙ることなきを冀ふのみ。歩みて土州橋なる大石病院に至り、滋養注射をなし、水天宮裏の鼎亭に小憩し、銀座風月堂にて夕餉を食す。私立大学の制服着たる苦学生銀座通の角々に立ちて奥羽飢饉救助義捐金の募集をなす。之を避けて裏通を歩み京橋より電車に乗りて帰る。*


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Last-modified: 2015-03-26 (木) 08:11:21 (731d)