七月二十日。空薄く曇りて風なく溽暑甚し。寒暑計を見るに華氏八十二三度の暑さなれど座ながらにして汗じめじめと湧き出でゝ心地とからず。夕方銀座にて食事中神代君たづね来る。裏通りなるカツフヱーの間を歩み數寄屋橋際なる伯拉爾兒?珈琲店万茶亭といふに立寄り、街路樹の下に椅子を持出で凉を取らむとすれど、そよとの風もなし。万茶亭の主人は多年サンパウロ?の農園に在りて珈琲を栽培せし由。生國は九州小倉なりと云ふ。南米植民地の事情を聞く中、神代君が知れるゴンドラの女給なにがし来り鮓を食はむとて南鍋町の三寿司といふ店に徃く。夜は早くも十一時を過ぎたけれど風動かずます/\蒸暑ければ、店の内に入らずこゝにても亦路端の木陰にに椅子卓志を運ばせて休む。銀座の表通はいつもよりも賑なるに、後を見返れば、横町の角なるサロン春の戸口には此頃の不景気には似ず酔客の出入絶る間もなし。神代氏云ふ。此店の女給里子といふ女米國活動寫眞の役者チヤプリンなる者に愛せられ遠からずかの国に渡りて其妻となるべき由。今夕の新聞に出でたるが、早くも評判となりかくは人の出入多くなりしならむと。兎角する中表通の乾物屋相模屋の主人、裏通に住める市川寿美若(寿美蔵門人女形)も来合せ談笑漸く興を催す折から、座敷より帰りの芸者三三伍〻行過るが中に、われを見て挨拶するものあれば、誰ぞと見るに、むかし宗十郎町の巴家が二階に在りし頃、其向側なる妓家藤都といふに居たりし褒姒とよぶものなり。褒姒一度その家に帰りし後寿美若と共に再び来りて新橋の今昔を語り、また近頃契りを結びし人のことなど語りて打興ずるほどに、夜もいつか十二時を過ぎしと見え、サロン春の明き灯は消え、女給と酔客の帰りを当込みの円タク幾輌となく横丁に集り来り、女給は三〻伍〻相携へて各家路をいそぐが中に、或は客と打つれて横町の飲食店に入るもあり。横町の夜は一しきり亦賑になりぬ。是亦他所にては見られぬ光景なるべし。暫くにして女給の姿も稀になりて、寿司屋蕎麦屋の男そろ/\店をしまひかくれば、路端に団扇つかふ芸者も皆帰り去りて、横町も表通もひとしくひつそりと静になり、かすかに吹出る夜深の風に柳の枝のものうげに動き初めつ。皆〻褒姒をその家の門口まで送りて銀座の表通に出るに、行過る円タクも少くなりて、道の上には唯紙屑の飛びもせで散乱するのみなり。麻布の家に帰りこの日の事を記して後、時計を見れば暁二時を過ること半時間ばかりなり。


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2015-04-04 (土) 06:59:21 (811d)