二月六日、晴、北風強し、風邪益甚し、

二月七日、晴、終日困臥

二月八日、晴、病床バルビユスの小説光明を読む、主人公の一兵卒負傷除隊の後妻に迎へられて故郷に帰りしが、戦場の経験により思想一変し、快々として楽しまず、妻はまた自ら老いて夫の愛情既に昔日の如くならざるを知り、独暗涙に咽ぶ、一日夫婦相携へて郷里の邑を散歩し、家に帰り来りても互いに黙々として語らず、各自の寝室に入りて静に眠に就く、此あたりの叙事最読者を感動せしむ、本篇の主眼となす処は巻末の革命論なるは云ふを俟たず、されど小説としての興味は、主人公が戦前家庭をつくるあたり、又戦後家に帰るところ最も佳なり、文章は平淡簡明にして一点の虚飾なし、是余の感服せしところなり、

二月九日、曇りて風邪なし、咳嗽(がいそう)未休まず、病臥前日の如し、深夜雪降る、

二月十日、雪やみしが空はれず、咳嗽悪寒甚しく頭痛亦堪難きほどなり、晡時うとうと*眠りし頃笄阜君来り訪はる、昨宵党人前大蔵大臣井上某なる者を刺したりと云ふ、

二月十一日 雪もよひの空暗く風寒し、早朝より花火の響きこえ、ラデオの唱歌騒然たるは紀元節なればなるべし。〔以下十二行半抹消、二行半切取。以下行間補〕去秋満洲事変起りてより世間の風潮再び軍国主義の臭味を帯ぶること益々甚しくなれるが如し道路の言を聞くに去秋満蒙事件世界の問題となりし時東京朝日新聞社の報道に関して先鞭を『日々新聞』につけられしを憤り営業上の対抗策として軍国主義の鼓吹には甚冷淡なる態度を示しゐたりし処陸軍省にては大に之を悪み全国在郷軍人に命じて『朝日新聞』の購読を禁止し又資本家と相謀り暗に同社の財源をおびやかしたり之がため同社は陸軍部内の有力者を星ヶ丘の旗亭に招飲して謝罪をなし出征軍人慰問義捐金として金拾万円を寄附し翌日より記事を一変して軍閥謳歌をなすに至りし事ありしと云この事若し真なりとせば言論の自由は存在せざるなり且又陸軍省の行動は正に脅嚇取材の罪を犯すものと謂ふ可し*


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Last-modified: 2015-02-08 (日) 18:25:13 (866d)