昭和七年十月初三。溽暑夏六月の如く驟雨屢来る。夜銀座に飯す。夕刊の新聞紙を見るに府下の町村東京市へ合併の記事および満州外交問題の記事紙面をうづむ。余窃に思ふに英国は世界到る処に領地を有す。然るに今日我国が満州占領の野心あるを喜ばざるは奇怪の至といふべきなり。〔此間二行弱切取 =然りと雖日本人の為す処も亦正しからず。二十年前日本人は既に朝鮮を其領地となし今日更に満洲を併呑せむとするは隴(ろう)を得て蜀を望むものなり。名を仁義に仮〕り平和に托するは偽善の甚しきものなり。弱肉は畢竟強者の食たるに過ぎず。国家は国家として悪をなさざれば立つこと難く一個人は一個人として罪悪をなさゞれば生存する事能はざるなり。之を思へば人生は悲しむべきものなり。然れどもつらつら天地間の物象を観るに弱者の肉必しも強者の食ならず。猫と鼠とは同じき家に在りと雖鼠は常に能く繁殖して尽きざるなり。深山幽谷には鷹あり鷲あれども燕雀は猶能く嬉戯する事を得るなり。都会の喧噪に馴れ電線に群棲し人家の残飯に腹を満すは雀の能くする所にして猛鳥の学ぶ事能はざる所なり。猛鳥にして一たび深山を出でゝ人里に来らば忽餌なきに至るべく燕雀は人家の軒に潜んで始て安全なる事を得るなり。天地間の生物は各其処を得て始めて安泰なり。弱者必しも強者の食ならず。*

十月六日。秋晴の空澄みて清し。晩餐の後山田某女と水天宮に賽し大川端を歩む。七月以降中洲病院に往かざるを以て河の眺めに興を催したり。帰途万茶に立寄るに神代酒泉阿部?女史及び大和田氏あり。大和田氏は麻布芋洗坂なる名高き鰻屋の主人にして河東節を善くす。
〔欄外朱書〕大和田ハ屋号ナリ主人ノ姓ニアラズ


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2015-02-06 (金) 06:13:34 (813d)