二月初一。 [旧十二月十四日]終日風雨、夜空晴れて月出づ、銀座にて買物をなし、ゴンドラ酒亭に一酌して帰る、

二月初二、暴暖暮春の如し、午下中洲病院に徃く、診察を請ふにまたもや脚気の症ありとて注射をなす、待合室に柳橋の妓二三人在り、名妓小豊腹膜炎にて命危しと云ふ、晡下神楽阪田原屋に至り妓園香の来るを待つ、晩餐の後園香の知れる女銀座獅子閣の女給になれるを訪はむとて倶に銀座に徃き、初更再び神楽阪に立ち戻り、中河亭に一酌して帰る、

二月初三、暖気昨日の如し、夜番街に徃く、

二月初四、微雨、午後笄阜子来る、葵山子また来り訪はる、夜銀𫝶食堂に飰す、偶然街上にて伊東氏に逢ひ獅子閣に登り款語夜分に至る、雨霏々たり。

二月初五、立春、終日雨霏々たり、夜番街に徃く、

二月六日、朝来雪紛々たり、脚気注射のため中洲病院に徃く、冬牆国手曰く籾山梓月再び入院中なりと、病院を出るに雪は小降りになりて空あかるし、日本橋榛原紙舗にて買物をなし神楽阪田原屋にて昼食を食す、鶴福にて園香に逢ふ、帰途月明なり、

二月七日、風吹きて寒し、堀口大学訳著パリユード美装本を寄贈せらる、午後揮毫数箋、次の如し

  蛸入道の画に
老の身や余にいとはるゝ蛸頭巾
  春雨飛燕の図に
門の火や昼もそのまゝ糸柳
  雪中山水の図に
読みかきも鳴れて火燵を机哉

二月八日、快晴、寒気甚し、正午笄阜子来訪、夜望嶽街の桔梗屋に夕餉をなす、

二月九日、曇りて日の光燭影の如し、午下中洲に徃く、脚気注射三度目なり、帰途鍛冶橋外秘密探偵岩井三郎事務所を訪ひ、園香の客なる伊藤某といふ者の住所職業探索の事を依頼す、伊藤某は大木戸待合七福の女房と関係ある者の由、去年来妓園香を予に奪はれたりと思ひ過り、之を遺恨に思ひ窃に余が身辺に危害を加へんと企てゐる由、注意するものありし故、万一のことを慮り其身分職業をたしかめ置かむと欲するなり、岩井事務所探偵料参拾円なり、銀座食堂にて夕餉をなし市ヶ谷の陋巷に稲叟を訪ふ、病中にて其子二人来りて看護せり、番街の小星を訪ひ夜半家に帰る、雪もよひの空墨の如し、

二月十日、朝来雪紛々、夜に入るも歇まず、終日家に在り、書架用箪笥を整理す、

二月十一日、雪後風又寒し、終日執筆、晡下小星来る、相携へて銀座食堂に徃きて飰す、胡瓜もみ味佳なり、酒館太訝に憩ふ、女給以前は三四十人なりしに去年秋の頃より次第に増員し目下百名に至るといふ、帰宅後また執筆五更に至る、


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Last-modified: 2015-02-09 (月) 02:34:18 (775d)