昭和六年十一月十日 好晴、暖気初夏の如し、書架の洋書を整理す、晩食の後銀座を歩み冬物を購ひ酒肆太訝に一酌す、数名の壮士あり卓を囲んで大声に時事を論ず、窃に聞くに、頃日陸軍将校の一団首相若槻某を脅迫し、ナポレオンの顰みに倣ひクーデタを断行せむとして果さず、来春紀元節を期して再挙を謀ると云ふ、今秋満州事変起りて以来此の如き不穏の風説到処に盛なり、真相の如何は固より知難し、然れどもつらつら思ふに、今日吾国政党政治の腐敗を一掃し、社会の気運を新にするものは盖武断政治を措きて他に道なし、今の世に於て武断専制の政治は永続すべきものにあらず、されど旧弊を一掃し人心を覚醒せしむるには大に効果あるべし*

十一月十一日昨来西北の風列し。市兵衛町表通東久邇宮邸外の樹葉紛々として雨の如く、旧大村伯邸の公孫樹半黄葉す。昼食後小狗只魯を伴ひ近巷を歩み江戸見阪に杖をとどめて市街を観望す、夜番街の喜久川に飲む、

十一月廿七日 晴、午後中洲に徃く、帰途新大橋を渡り電車にて小名木川に至り、砂町埋立地を歩む、四顧曠茫たり、中川の岸まで歩まむとせしが、城東電車線路を(こえ)る頃日は早く暮れ、埋立地は行けども猶尽きず、道行く人の影も絶えたり、折々空しき荷馬車を曳きて帰来るものに逢ふ、遠く曠野のはづれに洲崎遊郭とおぼしき燈火を目あてに、溝渠に沿ひたる道を辿り、漸くにして市内電車の線路に出でたり、豊住町とやら云へる停留塲より電車に乗る、洲崎大門前に至るに燦然たる商店の燈火昼の如し、永代橋を渡り日本橋白木屋前にて電車を下る、蓄音機の響四方に起り行人雑遝するさま、之を砂町曠原の夜に比較すれば別天地に来りしが如し、白木屋店頭に群集雑踏す、立寄りて見るに満州出征軍人野営の(さま)を活人形につくりたるなり、時に号外売声をからして街上を疾走す、天津居留地および錦洲城内戦闘の事を報ずるなり、銀座に至り風月堂にて夕食をなし酒肆太訝に小憩す、清潭子某友矢土某と共に来るに逢ひ、誘はれて更に南鍋町交詢社?階下の酒肆に飲む、酔客女給等紙にてつくりし帽子を戴き蓄音機の響につれて俗歌を謡ふ、此店開業三年の祝ひをなし景品を酔客に贈るなりと云ふ、喧噪長く居るに堪えず、清潭子と分れて家に帰る、十年前亡友啞々子と相携へて深川のはづれを散歩し、日暮れて銀座に来り牛肉屋にて一酌せし頃を思起すに、時勢の変遷につれ余の身も又別人の如き心地するなり、生きながらへて恥多しとは誠に吾身のことなるべし、*


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Last-modified: 2016-08-28 (日) 10:00:38 (271d)