三月廿七日 細雨糠の如し、雨中の花更に佳なり。大窪詩仏の年譜を編む、晡時中洲に徃く、帰途人形町にて偶然お歌に会ふ、市川団次郎?待合の勘定百円ばかりを支払はざるにより、催促のため弁護士を伴ひ明治座楽屋に赴きし帰りなりと云ふ、銀座通藻波に飯す、春雨夜に入りて猶歇まず、風また加はる、お歌自働車を倩うて帰る、是日偶然『文藝春秋』と称する雑誌を見る、余の事に関する記事あり、余の名声と富貴とを羨み陋劣なる文字を連ねて人身攻撃をなせるものなり、『文藝春秋』は菊池寛の編輯するものなれば彼の記事も思ふに菊池寛の執筆せしものなるべし、*


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Last-modified: 2015-01-14 (水) 16:09:17 (806d)