昭和三年六月廿六日 昨夜より雨また降り出して終日晴れず、今年の黴雨ほど雨多きは罕なり、星嵓(せいがん)が『苦霖行』の一篇もおのづから思出さる、晡下お歌髪結の帰りなりとて来る、黄昏招れて松莚子の家に徃く、主人俗事に累せられて未帰宅せず、池田吉井の三子既に来りて在り、川尻君おくれて来る、是夕客間の床には朱羅管江枇杷の図に、「いぶかしや枇杷てふ木には実のなりてさてその後に花のさくかと」といふ自賛の歌かきたる一幅あるを見たり、漸くにして主人帰り来る、是日夕刻より主人は松竹社の社員某々を伴ひ立正愛国社とやら称する無頼漢の一団と会見せしなりと云ふ、其次第を聞くに、彼の無頼漢の一団は松莚子がこの度魯西亜労農政府の招聘に応じ其首都に赴き演技をなすは皇国の恥辱にして、且又共産党の悪風に感染する虞あれば子の外遊を阻止すべしとて、其が居邸の近辺にて大演舌会を催し散会後居邸を襲ふべき由申出で、たびたび無頼漢を子の家及松竹社等へ派遣したり、こゝに於て松竹社にては社員向山某その他の者を警視庁外務省等に出頭せしめ、同時に暴力団愛国者に向つても直接に掛合をなさしめたり、其結果是日夕刻に及び双方会見をなし、松莚子は暴力団愛国社の社員名簿にその名を記入する事、松竹合名社は興行の度々無料観劇券を無頼漢に贈り、且又拾万円の寄附金をなす事など無法なる要求をなすに至りしと云ふ、但しこれは表向の要求にて内実は拾万円の百分の一位にて程なく落着する見込みなりと、事情にあかるき人は高をくゝり居れりと云ふ、扨又この事につきて警視庁をはじめ錦町警察署及新聞社等の様子を見るに、暴力団の巨魁とは隠然聯絡あり、新聞紙は黙然として何等の言論もなさず、警察署は徒に刑事を派遣して無用の質問をなすのみにして、悪人に対しては一向取締をなすべき様子もなしと云、名を忠君愛国に借りて掠奪を専業となす結社今の世には甚多し、而して其巨魁某々等の如き梟雄?(きようゆう)を目して憂国の志士となすもの亦世間に尠からず、今の世は実に乱世と云ふべし、尚亦この度松莚君出遊につきては小山内君演技監督者となり同行すべき筈なりしに、遽に病と称して固辞せしかば松莚君始め皆々当惑し、池田君に懇請して遂に同君の承諾を得たりとの事なり、池田君の義気感ずべし、小山内君は何故出発間際に至りて責任を免れんとせしにや殆推測すること能はず、 *


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 19:06:53 (806d)