五月六日 晴れて風あり、秋海棠の芽生を移植す、夕餉の後毎夜の如く三番町に徃く、帳場に小久といふ妓来りて客を待ちゐたり、小久いつぞや二七不動尊境内の稲荷に願懸をなし折鶴千羽奉納せし時のことを語る、初五百ほどわけなく折りしが残り五百一夜の中に折りつゞけし時両手もつかれ果て眼は泣張らしたるやうになりしと、又浅草伝法院の境内に御狸さまといふがあり、之に願懸すればむかしの馴染客に逢ふこと誠に不思議なりと語れり、新聞紙は日々共産党員の撿挙の事件を報道する時、待合の帳場に来りて妓女が願懸のはなしを聞けば、この身は忽然天保のむかしに在るが如き心地とはなるなり、曾て浮世絵を蒐集しまた浄瑠璃を語りなどして娯しみとなせしも其の心はしばしなりとも現代の空気を放れ過去の世に逍遥せん事を冀ひしがためなりき、今日年五十に達して猶売色の巷を忘るゝこと能はざるも亦これが為なり、▼敢て好色のためのみにはあらずと云、*


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 13:05:57 (834d)