十二月十六日。陰。後に雨。島中高梨西来話。文部省より中央公論社宛文化勲章年金証書を持参せらる。文書左の如し。

     顕彰状

                           永井壮吉

貴下は文化の向上発達に関し特に功績顕著なることを認め昭和二十六年法律第百二十五号文化功労者年金法による文化功労者と決定しここにこれを顕彰いたします

 昭和二十七年十一月二十一日

                     文部大臣岡野清豪

文功第四十五号

 文化功労者年金証書    東京都

 永 井 壮 吉

  明治十二年十二月三日生

年額金五十万円

右金額を文化功労者年金法により給する

 昭和二十七年十一月二十一日

               文部大臣岡野清豪

十二月廿三日。晴。諸井勝之助(文京区真砂町十七)といふ人より余が父小石川金富町の邸宅を売払ひし時の証書及地図を送り来る。返書を裁してその厚情を謝す。証書地図面は買主の家にありし由。大略左の如し。

所在小石川区金富町四拾三番地外二筆

一地所券面四百拾五坪三合七勺(但実測凡四百六拾三坪四合 内五拾四坪四合画崖地)

一建物瓦葺木造平屋凡七拾余坪(但本家併付属家共雑作畳建具庭木石燈籠等総て有形ノ儘)

  この代金四千弐百円也

 明治廿六年十一月廿二日

                     売主 永井久一郎印                                          買主 永田清一郎

                      代向井佐四郎印

                  日本橋区呉服町十番地                                  立会 三個商店 木村粂市 印

十二月廿四日。晴。夜浅草。晩飯天竹。

十二月廿五日。半陰半晴。午後高梨氏来話。

十二月廿六日。晴。午後五時島中氏と共に山王下八百善に至り放送局々員と晩餐をなす。帰途銀座マンハッタンに飲む。高梨氏また来る。

十二月廿七日。晴。堀口大学氏来話。夜浅草。天竹に飰す。

十二月廿八日。日曜日。晴。夜銀座より浅草。

十二月廿九日。晴。夜銀座。フジアイス晩食。帰途マンハッタン。

十二月三十日。晴。夜浅草。

十二月卅一日。晴。文化功労者年金五十万円下渡しはその後何らの通知もなし。如何なりしや笑ふべきなり。夜銀座マンハッタン女給三人と共に浅草観音堂に賽す。家に帰る暁三時半。月よし。


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Last-modified: 2015-01-24 (土) 01:18:35 (882d)