十一月初一 旧九月十四日 晴。朝日映画ニュース写真技師数人来りて陋屋を撮影す。夜浅草。天竹に飰す。明月鏡の如し。

十一月初二。日曜日。晴。午後ニュース写真師再び来る。やむことをえず共に銀座に至る。帰途歌舞伎座に清潭翁を訪ひ燈刻家に帰る。

十一月初三。 晴。朝八時島中氏新に買入れし自働車に乗りて迎ひに来る。朝十時まづ文部省人事課に至りそれより文化勲章拝受までの次第下お如し。坂下門より宮城に入り皇居表玄関エレベーターにて階上の一室に導かれ岡野文相次に吉田首相式部官某々氏等に紹介せられ勲章拝受の順序礼法の説明を受けし後別の広間に至り王座を拝す。王座の右側窓寄りに吉田首相左側に岡野文相立ち、吉田首相箱入の勲章及び辞令を手渡しせらる。

初の休憩室らしき一室に戻り係り式部官らしき人勲章の綬を解きて拝受者の襟元に結び付け、暫くして食堂に案内す。

食卓に着席者の名札置きてあり。余の直ぐ左の席は高松宮宣仁親王?、其の左は陛下なり。右隣は梅原?氏なり。酒は日本酒ばかり。献立はコンソンメー(肉汁)小海老甘鯛フライ、牛肉野菜煮。菓子は栗を入れたるプデンク。葡萄バナヽ。食事終り隣室にて珈琲と日本茶を喫して歓談す。熊谷博士?結核のはなし。治療のはなし。朝永博士?原子物理学のはなし。実験用機械の費用莫大なりと云ふはなし。辻博士?親鸞上人一時実在の人物ならずとの妄説行はれしと云ふはなし。安井?ロートレツク?鈴木春信板画のはなし。以上諸氏の談話面白かりし為余は別にまとまりし御話もせずに済みたり。平生訥弁の余はこれにてやつと重荷を卸せし思をなしたり。玄関外に出で新聞写真班の撮影ありて後初めの応接間にてまた日本茶を喫す。これにて勲章授与式は終る。午後三時なり。島中氏の自動車にて山王下の八百善に至る。相磯凌霜川尻清潭久保田万太郎氏の来るを待ち晩餐会を開く。

 日本国天皇は永井壮吉に文化勲章を授与する
 昭和二十七年十一月三日皇居において璽を捺させる
 大日本
 国璽
  昭和二十七年十一月三日
 内閣総理大臣  吉田茂[印]
 内閣総理大臣官房賞勲部長村田八千穂[印]
 第六五号

十一月初四。朝島中高梨巌谷氏来話。千代田銀行八幡支店長来話。夜銀座。帰途雨。

十一月初五。終日雨。夜浅草。ロック座々長松倉氏女優踊子二、三十人を逢坂屋洋食店楼上に招ぎ余が文化勲章拝受の祝宴を張る。

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Last-modified: 2015-01-24 (土) 00:55:02 (821d)