四月初四正午中洲河岸に大石不鳴庵を訪ふ、尿中の蛋白既に去れりと云ふ。中洲河岸より深川清住町に渡るべき鉄橋の工事半成れるを見る、濱町の方へも新橋架設せられ道路取りひろげられたり、往時中洲の河岸には酒亭軒を連ね又女橋のほとりには真砂座といふ小芝居あり。その横手の路地には矢場銘酒屋あり、白昼も怪しげなる女行人の袖を引きたり。震災後今日に至りは真砂座の後もいづこなりしや訪ね難くなりぬ、新設の橋を渡り新大橋のこなたにて電車に乗り尾張町太牙に憩ふ、此日朝より曇りしが雨降り出でゝ風も亦加りたり、薄暮帰宅、燈下詩経小雅を読む、初更の比銀座太牙より電話あり、旧友坂井今村君等来れりといふ、風雨を衝いて直に赴き見るに一ツ橋中学同級の旧友数名あり、石本澤柳飛田坂井今村の諸氏なり、皆三十年前の旧友にして今は一人として白頭にあらざるはなし、諸氏去りて後別卓に日高氏在りしかば留りてまた茶を啜り笑語十一時に到る、帰途電車にて金子紫草に逢ふ、

四月十八日よく晴れたり、午前執筆、午後掃庭、竹田玩古洞来訪、日暮銀座太牙に赴きて飯す、邦枝子この頃艶福あり倉皇として市村座に赴く。余日高子と太牙に留り初更の後家に帰る、此夕号外売台湾銀行閉店の事を報ず、三月以来銀行の破産する者甚多し、余が現住せる宅地の所有者は広部銀行なるが是も去月閉店せるなり。生田葵山君村井銀行へ貯金ある由の処此銀行も既に破産せりと云ふ、*


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Last-modified: 2015-01-28 (水) 18:01:48 (877d)