昭和二年十月八日。雨。春陽堂黄物持参す。正午女給お久また来りて是非とも金五百円入用なりと居ずはりて去らず。折から此日も邦枝君来合せたれば代りてさまざま言ひ聴かせしかど暴言を吐きふてくされたる様子、宛然切られお富の如し。已むことを得ざる故警察署へ願出づ可しといふに及び漸く気勢挫けて立去りたり。今まで心づかざりしかど実に恐るべき毒婦なり。世人カツフヱーの女給を恐るゝ者多きは誠に宜なりと謂ふ可し。余今日まで自家の閲歴に徴して何程の事あらむと侮りゐたりしが、世評の当れるを知り慚愧にに堪えず。凡て自家の経験を誇りて之を恃むは誤りのもとなり。慎む可し慎む可し。*

十月九日。昨夜は十三夜なりしが雨にて月もなかりき。この日快晴。夜に入りて月光清奇なり。阿歌と神楽坂川鉄にて夕餉をなす。

十月十一日。曇る、午前今川小路山本書店に赴き市島春城氏蔵書売立品の中購求したき古書入札の事を依頼す、それより三才社に立寄り新着洋書二三部を購ひ近近鄰の風月堂にて昼餉を食し家に帰る、驟雨沛然たり、黄昏強震、雲散じて月出づ、初更中央公論の草稿をつくり畢りしかば勝手に至り茶をわかさむとするに、表入口の方に人の足音聞ゆ、おそるおそる窺見るに女給お久なり、主人旅行中と荅ふべき旨老媼に言含め、裏口より外に出で山形ホテルの電話を借り日高君の来援を求む、路傍にて日高君と熟議の上市兵衛町曲角派出所に訴へ出づ、巡査来り遂に女給を鳥居坂警察署に引致し去りぬ、派出所の電話を借り余も出頭すべきや否や問ひ合せし処今夜はそれに及ばずとの返事を得、日高君も安心して帰宅せり、門扉に堅く錠を卸して寝に就きしは正に十二時半頃なり、*1

十月十二日。午前七時巡査門を叩き警察署に同行せられたしと云ふ、自働車を倩ひ鳥居坂分署に赴く、刑事部屋にて宿直の刑事一通りの訊問あり、お久は昨夜より留置場に投け込みある故午後四時頃再び出頭すべしと云ふ、帰宅して後電話にて日高氏に顛末を報ず、日高氏来る、相談の上余が知れる辯護士平井と云ふ人を招ぎ三人打連れ時刻をはかり再び警察署に抵る、待つ事一時間ばかり呼出しあり、一室に於て制服きたる警官まづ余を説諭して曰く、こんなくだらぬ事で警察へ厄介を掛けるのは馬鹿の骨頂なり、淫売を買はうが女郎を買はうがそれはお前の随意なり、その後始末を警察署へ持ち出す奴があるかと、次に檻房より女を呼出しお前も年は二十七とか八とかになれば男の言ふ事を間に受けることはあるまい、だまされたのはお前が馬鹿なのだ、金ばかりほしがつたとて事は解決せぬ、今日は放免するから帰れと言ふ、警官の物言ふさま恰も腐つた大福餅を一口噛んでは嘔き出すと云ふやうな調子なり、永坂上にてお久を平井辯護士に引渡し、余は日高君と山形ほてる食堂にて夕餉をなす、葡萄酒を飲み此のたびの事件甚面白ければその顛末を書きつゞりたきものなりと語り興じて、初更家に帰る、細雨霏霏たり、*1

十月十三日。市ヶ谷見附内一口坂に間借をなしゐたるお歌、昨日西ノ久保八幡町壺屋といふ菓子屋の裏に引移りし筈なれば、早朝に赴きて訪ふ。間取建具すべて古めきたるさま新築の貸家よりもおちつきありてよし。癸亥(きがい)の震災に火事は壺屋より四五軒先仙石家屋敷の崖下にてとまりたるなり。されば壺屋裏の貸家には今日となりては昔めきたる下町風の小家の名残ともいふべきものなり。震災前までは築地浜町辺には数寄屋好みの隠宅風の裏屋ところどころに残りゐたりしが今は既になし。偶然かくの如き小家を借り得てこゝに廿歳を越したるばかりの女を囲ふ(=壺中庵)。是また老後の逸興といふべし。午後平井弁護士?来談。*

十月二十日。快晴、樺山石梁の常毛紀行を読む、佐藤一斎の紀に比して及ばざるものあり、午後平井辯護土毒婦お久の事件落着せし旨を報ず、壺中庵に宿す、*1

十月廿一日。晴れて暖なり。午後家に帰る。山本書店市島春城?翁旧蔵の書数部を送り来る。沢田東江の『来禽堂詩草』梁田蛻巌?の詩集前編等なり。この日去年大島隆一氏より借り来りし成嶋柳北手沢?の文書を使の者に持たせて返付す。晡時葵山翁来る。倶に山形ほてるに赴き晩餐をなす。虎の門にて葵山翁と別れ窃に壺中庵に抵りまた宿す。この夜『壺中庵の記』を作り得たり。左の如し。

  壺中庵記

西窪八幡宮の鳥居前、仙石山のふもとに、壺屋とよびて菓子ひさぐ老舗が土蔵に沿ひし路地のつき当り、無花果の一木門口に枝さしのべたる小家を借受け、年の頃廿一、二の女一人囲ひ置きたるを、その主人自ら匾して壺中庵とはよびなしけり。朝夕のわかちなく、此年月、主人が身を攻むる詩書のもとめの、さりとては煩しきに堪兼てや、親しき友にも、主人は此の菴のある処を深くひめかくして、独り我善坊ヶ谷の細道づたひ、仙石山の石径をたどりて、この菴に忍び来れば、茶の間の壁には鼠樫の三味線あり、二階の窗には桐の机に嗜読の書あり、夜の雨に帰りそびれては、一つ寐の長枕に巫山の夢をむすび、日は物干の三竿に上りても、雨戸一枚、屏風六曲のかげには、不断の宵闇ありて、尽きせぬ戯れのやりつゞけも、誰憚らぬ此のかくれ家こそ、実に世上の人の窺ひ知らざる壺中の天地なれど、独り喜悦の笑みをもらす主人は、抑も何人ぞや。昭和の卯のとしも秋の末つ方、こゝに自らこの記をつくる荷風散人なりけらし。

   長らへてわれもこの世を冬の蝿 *1


*1 荷風と歌 - 東京さまよい記より頂きました。


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Last-modified: 2015-01-12 (月) 16:20:05 (893d)