昭和十九年三月卅一日。 昨日小川来りて、オペラ館取払となるにつき明日が最後の興行なれば是非とも来たまへと言ひてかへりし故、五時過夕餉をすませ地下鉄にて田原町より黄昏の光をたよりに歩みを運ぶ。二階踊子の大部屋に入るに女達の鏡台既に一ツ残らず取片づけられ、母親らしき老婆二三人来り風呂敷包手道具雨傘など持去るもあり。八時過最終の幕レヴューの演奏終り看客立去るを待ち、館主田代旋太郎一座の男女を舞台に集め告別の辞を述べ楽屋頭取長沢一座に代りて荅辞を述る中感極り声をあげて泣出せり。これにさそはれ男女の芸人凡四五十人一斉に涙を啜りぬ。踊子の中には部屋にかへりて帰仕度しつゝ猶しくしく泣くもあり。各その住処番地を紙にかきて取交し別を惜しむさま、数日前新聞紙に取払の記事出でし時窃に様子を見に来りし時とは全く同じからず。余も覚えず貰泣せし程なり。回顧するに余の始めてこの楽屋に入込み踊子の▼裸になりて▲衣装着かふるさまを見てよろこびしは昭和十二年の暮なれば早くも七年の歳月を経たり。オペラ館は浅草興行物の中真に浅草らしき遊蕩無頼の情趣を残せし最後の別天地なればその取払はるゝと共にこの懐しき情味も再び掬し味ふこと能はざるなり。余は六十になりし時偶然この別天地を発見し或時は殆毎日来り遊びしがそれも今は還らぬ夢とはなれり。一人悄然として楽屋を出るに風冷なる空に半輪の月泛びて路暗からず。地下鉄に乗りて帰らんとて既に店を閉めたる仲店を歩み行く中涙おのづから湧出で襟巻を潤し首は又おのづから六区の方に向けらるるなり。余は去年頃までは東京市中の荒廃し行くさまを目撃してもさして深く心を痛むることもなかりしが今年になりて突然歌舞伎座の閉鎖せられし頃より何事に対しても甚しく感傷的となり、都会情調の消滅を見ると共にこの身も亦早く死せん事を願ふが如き心とはなれるなり。オペラ館楽屋の人々は無智朴訥。或は淫蕩無頼にして世に無用の徒輩なれど、現代社会の表面に立てる人の如く狡猾強慾傲慢ならず。深く交れば真に愛すべきところありき。されば余は時事に憤慨する折々必この楽屋を訪ひ彼等と飲食雑談して果敢き慰安を求むるを常としたりき。然るに今や余が晩年最終の慰安処は遂に取払はれて烏有に帰したり。悲しまざらんとするも得べけんや。*


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 16:57:42 (806d)