昭和十八年九月九日。 晴。残暑殊に甚し。午後佐藤観氏来話{中央公論社員陸軍主計中尉比島帰還}マニラには食料品多し。守備隊凡十万人位なりと云。黄昏金兵衛に行かむとする途次長垂坂上にて杵屋六左衛門洋装自転車に乗り来れるに逢ふ。立談五六分にて別る。金兵衛にて凌霜子よりその家人の焼きたる西洋菓子を貰ふ。清潭子と懇話す。帰途月色奇明。虫声雨の如し。*

上野動物園の猛獣はこの程毒殺せられたり。帝都修羅の巷となるべきことを予期せしが為なりと云。夕刊紙に伊太利亜政府無条件にて英米軍に降伏せし事を載す。秘密にしてはをられぬ為なるべし。

▼〔欄外朱書〕英米軍伊国ヲ征伏ス

*

昭和十八年九月廿六日{日曜日}陰。庭を掃く。終日家に在り。深更雨。

  こうろぎ
 泣いても 泣いても
 泣きたらで
 夜はよもすがら
 ひるさへも
 泣く音つゞくる
 
 その悲しみは
 知らねども
 あらんかぎりの
 悲しみを
 命のかぎり
 泣きすだく
 蛼の身の
 羨し。
 蛼よ。蛼よ。
 泣くに泣かれぬ
 かなしみに
 泣かぬ人ある
 人の世の
 わがかなしみを
 汝(なれ)知るや。
 われに教へよ。蛼よ。
 泣くに泣かれぬ
 かなしみを
 泣かで忘るゝ
 道あらば
 われに教へよ蛼よ。
 汝が泣く声に
 また今宵
 寐もせであかす
 人の世の
 わがくるしみを
 思へかし。

*


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 16:48:58 (810d)