昭和十八年六月初一。晴。電車七銭のところ拾銭に値上となる。又酒肆及び割烹店にて酒を売ること此れまでは夕方五時よりなりしが此日より夕方六時に改められしと云。

  街談録

 頃日南洋にて山本大将の戦死、つゞいて北海の孤島に上陸せし日本兵士の全滅に関して、一部の愛国者はこれ即楠公の遺訓を実践せしものとなせり。此に反して他の憂国者の言ふ所をきくに戦死の一事が若し楠公の遺訓なりとせば吾人は寧楠公戦死の弊害を論ぜざる可らずとなせり。楠公の事蹟は建武年間の歴史を公平に冷静に研究したる後始めて其勲功を定むべきなり。楠公と新田義貞とを比較し一を忠臣の第一となし一を尋常平凡の武士となすは決して公平の論にあらず。是恰も日魯戦争に於て東郷大将の勲功を第一となし上村中将をその第二位に置くが如きものなり。凡そ一国の興亡は一時の勝敗と一将帥の生死によりて定まるものに非ず。▼戦敗れて一将軍の死するは其人の自暴自棄に基くものにして一個人の満足に外ならず。▲自己の名誉とその一刹那の感情のために▼多数なる▲無辜の兵卒を犠牲にして顧みざるは、▼利己主義の甚しきものと謂はざる可からず。曾て福沢先生が楠公の敗死を以て一愚夫が主人より托せられし財布を失ひ申訳なしとて縊首せしものに譬へたりしは、今日に於ては其比喩のいよいよ妙なるを知るに足るべし。云々。

〔欄外朱書〕六月一日ヨリ電車値上トナル

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Last-modified: 2015-01-10 (土) 16:51:05 (895d)