正月四日。昨日に比して寒気稍ゆるやかなり。三ケ日の間一足も外に出でざりし故、三時過地下鉄にて浅草に至り見るに、群集の雑沓すること今年は更に甚しく去年の比にあらず。雷門より東武駅の内外真に立錐の余地もなし。仲店も人波に押返されて歩み難ければ観音堂にも詣ることを得ず、又玉の井にも行くよしなければ、上野行の市電に乗る。市電はいづこも思の外に雑沓せず。広小路の夜店を見歩き新橋を過ぎてかへる。

  〇犬の声
 ふけわたる 闇の夜に
  さびしさゆゑか
      吠る犬。
 消ゑかゝる ともし火に
  われ唯ひとり
      すゝり泣く。
 犬なけば かなたより
  その友聞きて
      こたふるに。
 われはそも 何ゆゑに
  声さわがしく
      なかざるや
 うたがひと さげすみの。
  この世を憂しと
      知るゆゑに。

*

昭和十八年正月十九日。 晴。午後浅草に行く。坊間流言あり。侵魯の独逸軍甚振はず。また北阿遠征の米軍地中海より伊国をおびやかしつゝありと。願わくばこの流言真実ならんことを。*


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 16:53:05 (835d)