昭和十七年九月初八。晴。残暑燬くが如し。終日困臥。夜芝口の金兵衛に飯す。居合す客よりいろいろの話をきゝたるまゝ左にしるす。

 一 小田急沿線俗に相摸ケ原といふ処に土地を所有せし人あり。分割して値売をなさむと思居たりしに突然憲兵署に呼出されこの辺一帯の土地は軍部にて入用になりたれば即刻ゆづり渡すべし。日本国内の土地はもともと皇室のものなれば其旨とくと考へし上万一不承知なれば其趣を届出づべく、もし又承知なれば此書面に署名捺印すべしと言はれ、其男は已むことを得ず憲兵の言なり次第に捺印したり。半年ほどを経て日本銀行宛支払の書類来りたれば金高を計算せしに一坪時価十五六円の土地の買上一坪わづかに五円なりしと云。

 一 仙台辺にては日曜日に釣竿を携へ歩むものを、憲兵私服にて尾行し、人なき処に至れば之を捕へ工場其他の構内の雑草を取らせ或は土を運ばせ、一日の賃銭八拾銭を与へて放免する由。今日に至るも徃々この難に遭ふものありと云。

 一 伊豆西側の海岸に山林を有する人のはなしに、其地の蜜柑園は除虫菊剤及肥料欠乏のため樹木次第に枯れ本年は果実の収穫おぼつかなしと云。*


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 16:27:24 (804d)