八月初六。晴。蝉の声日に日に多くなりぬ。長雨の後なるに庭に出でても藪蚊少し。

八月初七。晴。腹痛下痢。

八月初八。立秋。晴天。二階の書を曝す。この夜また下痢。

八月初九。くもりて暑し。夜雨降る。

八月十日。 {日曜/日} 細雨烟の如し。秋海棠の花満開なり。東京市教育界疑獄の噂高し。それ見た事かと言ふやうな心地して愉快禁ずべからず。陸軍主計等の収賄沙汰あらばいよいよ痛快なり。当然あるべきはずなれど秘して新聞にはかかせぬなるべし。燈刻大雨雷鳴。

八月念八。晴れて風涼し。或人のはなしに麻布青山辺のアパートには軍人の妾または軍人相手の売春婦多く間借りをなしをれり。警察署にても遠慮して手入れをなさず知らぬ顔をしてゐる由なり。

八月念九。薄く曇りて風涼し。深夜初めての鳴くをきく。

八月三十日。幸橋税務署より出向かれたき趣昨日端書到着したれば、朝早く風邪涼しきを幸に赴き見たり。けだし本年の所得税去年の倍額に近きものになりたれば去五、六月中抗議のため届出を送り置きしなり。係の役人余を別室に招ぎ仔細らしく書類帳簿等持ち出し貴下の申しさるる所一々尤もなれども世に有名の文士なれば、実際の収入よりも多額の認定をなすは是非なき次第なり。有名税とも言ふべきものなれば本年は我慢されたし。来年は三、四月頃直接に署長に御面談なさるるがよかるべしと言ふ。刀筆の小吏を相手にして議論するも益なき事なればそのまま出で去りぬ。日本の政府は文士の虚名を奇貨となし実際の収入よりも多額の認定をなして税金を取立て、弁解に窮するときは有名税としてあきらめよと係の子役人をして明言せしむ。これに由つて観るに政府は実際を以て実際となすことを欲せず、即真実を否定して顧みざるものなり。政府の国民に対する奸策驚くべく悪むべきなり。そもそも租税とは何ぞや。租税とは地代もしくは家賃の如きものなるべし。人間生まれて地上に棲息するやその土地を所有する政府は家主もしくは地主の如く随意に金額を定めてその地に住むものより賃金を支払はしむ。この賃金によりて政府の官吏は衣食をなし、軍人は野心を逞しくするなり。人間死して地獄に行くもなほ六道銭を携へざるべからず。博徒盗賊の群にもまたこれに似たる税金あり。金が敵の世の中とは真なる哉。

八月卅一日。微雨。秋冷窓紗を侵す。昨夜虫声俄に多くなりぬ {日曜/日}


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Last-modified: 2015-01-08 (木) 02:52:21 (807d)