七月十五日。暮方よりまた雨。本年の税金暴騰して一回分の金高四百四拾五円七拾五銭となる。一年分にて金壱千七百八拾三円となるわけなり。戦禍いよいよ驚くべし。街頭の広告に経国イタリア婦人朝日など新しき雑誌の名見ゆ。洋紙節約のため新刊雑誌は出ぬはずなるに奇怪千万といふべし。政党も解散せられたるはずなるにこれまた東方会建国会日本大衆党其他いろいろありて辻ゝに勝手次第の立札を出せり。この頃共栄圏といひ仏教圏といふが如く圏の字大に流行せり。今まで見馴れぬ漢字を使ひたがるは如何なる心にや。笑ふべきなり。

[女性の斜め後ろから見た顔の絵と正面から見た顔の絵] [コノ絵、七月十六日ノ記事ノ終リニアリ]

七月十六日。陰。数日来市中に野菜果実なく、豆腐もまた品切にて、市民難渋する由。銀座通千疋屋の店頭にはわづかに桃を並べしのみ。牛肉既になしこの次は何がなくなるにや。

七月十七日。くもりて風甚冷なり。晩間池之端に飯して浅草に行く。連日の雨と冷気とに世間ひつそりとして何の活気もなし。新聞に近衛内閣総辞職の記事出たれど誰一人その噂するものなし。

七月十八日。今朝の新聞紙に近衛一人残りて他の閣僚更迭するに過ざる由見ゆ。初より計画したる八百長なるが如し。そはともかく以後軍部の専横益甚しく世間一層暗鬱に陥るなるべし。この日冷風昨の如く曇りて雨はふらず。庭を掃き落葉焚く烟を見れば何となく暮れ行く秋の如き心地す。レオン・ブロウ?の日記をよむ。千九百十五、六年戦時の日記なり。余はブロウの知己朋友が戦場にて行きて帰り来らざるもの多きを見るにつけ、余が孤独の身には親友と称すべきものなくまた召集せられて骨を異郷の土に埋めしものもなきを思ひて、自ら幸せなりとせざるべからず。余はつくづく老後家庭なく朋友なく妻子なきこと喜ぶべからざるなり。模倣ナチス政治の如きは老後の今日余の身には甚しく痛痒を感ぜしむるところなり。米は悪しく砂糖は少なけれど罪なくして配所の月を見ると思へばあきらめはつくべし。世には冤罪に陥り投獄せられしもの尠からず。殊に火災保険の事に関し放火犯の疑を受けて入獄するものあるはしばしば聞るところなり。これに比すれば余が自炊気儘の残生ほどよきものはなかるべし。

 La Porte des Humbles 1915-1917 par Leon Bloy, (Mercure Paris 1920)

七月廿四日。晴れて涼し。風の向きを見るに西南の風なり。今年は夏なくして秋早くも立ちそめしが如き心地なり。晩間土州橋に至る。下谷外神田辺の民家には昨今出征兵士宿泊す。いづれも冬支度なれば南洋に行くにはあらず蒙古か西比利亜に送るるならんといふ。三十代の者のみにしてその中には一度戦地へ送られ帰還後除隊せられたるものもありといふ。市中は物資食料の欠乏甚しき折からこの度多数の招集に人心頗洶々たるが如し。

七月廿五日。くもりて蒸暑し。夜芝口の金兵衛に飰す。この店の料理人も招集せられ来月早々高崎の兵営に行く由なり。この夜或人のはなしをきくに日本軍は既に仏領印度と蘭領印度の二個所に侵入せり。この度の動員はけだしこれがためなりと。この風説果たして事実なりとすれば日軍の為す所は欧洲の戦乱に乗じた火事場泥棒に異らず。人の弱みにつけ込んで私利を逞しくするものにして仁愛の心全くなきものなり。かくの如き無慈悲の行動はやがて日本国内の各個人の性行に影響を及ぼすこと尠からざるべし。暗に強盗をよしと教るが如きものなればなり。


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Last-modified: 2015-01-07 (水) 22:03:19 (871d)