昭和十五年九月念三日{秋分}天気初て快晴。午後再び蝉声をきく。燈刻蠣殻町に野口を訪ふ。兜町辺の噂によれば銀行預金引出しも軈ては制限せらるべし。世の中は遠からず魯西亜の如くになるべしと云ふ。〔此間四行弱切取〕との事なり。いづれにせよ此の八月以来人心恟々、怨嗟の声日と共に激しくなり行くが如し。▼いかなる巡り合はせにや余の身も不可思議なる時代に生れ合はせたるものなり。 *

九月念八日。 晴。世の噂によれば日本は独逸伊太利両国と盟約を結びしと云ふ。〔此間三行弱切取。以下欄外補〕愛国者は常に言へり日本には世界無類の日本精神なるものあり外国の真似をするに及ばずと然るに自ら辞を低くし腰を屈して侵略不仁の国と盟約をなす国家の恥辱之より大なるは無し其原因は種々なるべしと虽(いへど)も余は畢竟儒教の衰滅したるに因るものと思ふなり〔以上補〕燈刻漫歩。池の端揚出しに夕飯を喫し浅草を過ぎて玉の井に至る。数年来心やすき家あれば立寄りて景気を問ふに昼すぎの商売は差止めになりたれば今のところさして困りもせず。抱の女は二人とも既に年あけなれどこの商売が好きで止められぬとて客あつかひよき故、馴染の客多く収入も従つて毎日平均して行く有様なりと言へり。*


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Last-modified: 2016-12-26 (月) 01:29:05 (125d)