昭和十五年七月四日。晴。溽暑室内にて華氏八十四五度なり。鄰家の木槿盛に花のひらくを見る。木槿は立秋のころ花多く開くものなるべきに今年は梅雨無かりしためか、石榴(ざくろ)夾竹桃合歡花の如き晩夏の花皆開くこと早し。当月一日より戸口調査あり。町会より配布し来りし紙片に男女供身分其他の事を明記して返送するなり。之を怠るものには食料配給の切符を下附せずと云ふ。日蔭の世渡りするものには不便この上なき世となりしなり。此事につき久しく其所在を知らざりし昔馴染の女一人ならず二人までも電話をかけ来り、唯今さるところのアパートに住み相変はらずの世わたりをなし居れど、戸口調査にて困り居ります。表面だけ先生のお妾といふ事にして届出たく思へどお差つかへなきやと言ふなり。これに荅へて、お妾を二人も三人も抱へてゐる事が役人に知れると税務署から税を取りに来る故それは都合よろしからず、それよりは目下就職口をさがしてゐるやうに言ひこしらへて置くがよしと体よくことわりたり。晩凉を待ちて浅草に行く。踊子達と笑ひさゞめきて物くらふ楽しき世のさまの変り行くにつれていよいよ尽きぬ心地するなり。*

七月五日。 炎暑昨日に劣らねど風さはさはとして涼し。暮方薬取りにと土州橋にゆく。水天官賽日の賑ひ時局に関せざるは喜ぶべし。〔以下十九行強切取〕*

昭和十五年七月六日。 快晴。奢侈品制造及売買禁正の令出づ。但し外国へ輸出し或は外国人に売りて外国の金を獲得することは差支なしと云ふ。〔此間二行弱切取。以下欄外補〕然れば西洋人を且那にして金を取ることは愛国的行為なるべく明治峙代に在りし横浜の神風楼は宜しく再築すべきものならむ〔以上補〕。そは兎もあれ江戸伝来の蒔絵彫金の如き工芸品の制作または指物の如きものはこの度のお触にていよいよ断絶するに至るべし。此の如き工芸品の制作は師弟相伝の秘訣と熟練とを必要となすものなれば一たぴ絶ゆる時は再ぴ起らざるものなり。

▼〔欄外朱書〕奢移品制造並二販売蔡止ノ令出ヅ*


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Last-modified: 2016-06-03 (金) 00:43:08 (385d)