十二月卅一日。 晴。昏暮土州橋かきがら町を過り芝口の金兵衛に至りて飯す。主人仙台より取寄せたる餠なりとて数片を饋らる。盖しこの年の暮は白米のみならず玉子煮豆昆布〆其他新春の食物手に入り難ければなり。来年は雞肉牛肉等も不足となるべしと云ふ。十一時過家にかへる。そこら取片づけて寝につかむとする時、風俄に吹出で除夜の鐘鳴り出しぬ。RégnierのSujetsetPaysages?をよむ。今年は思がけぬ事ばかり多かりし年なりき。米屋炭屋、菓子など商ふもの又金物木綿などの問屋すベて手堅き商人は商売行立ちがたく先祖代々の家倉を売りしもの尠からざるに、雑誌発行人芝居興行師の如き水商売をなすもの一人として口腹を肥さゞるはなし。石が浮んで木の葉の沈むが如し。世態人情のすさみ行くに従ひ人の心の奥底、別に見届けむともせざるにおのづから鏡に照して見るが如き思をなせしこと幾度なるを知らず。此の度の変乱にて戊辰の革命の真相も始めて洞察し得たるが如き心地せり。之を要するに世の中はつまらなきものなり。名声富貴は浮雲よりもはかなきものなる事を身にしみじみと思ひ知りたるに過ぎず。花下一杯の酒に陶然として駄句の一ツも吟ずる余裕あらば是人間の世の至楽なるべし。弥次喜多の如く人生の道を行くべし。宿屋に泊り下女に戯れて耻をかゝさるゝも何のとがむる所かあらむ。人間年老れば誰しも品行はよくなるものなり。*


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 16:15:24 (896d)