八月十三日{日曜日}くもりて風涼し。晡下驟雨軽雷あり。花村に飯して後寺島町を歩みオペラ館に至る。また菅原氏に逢ふ。国木田独歩の小説販売禁止。また『ハムレツト』上演禁止となりしと云ふ。{菅原氏の語る所}踊子と森永に喫茶してかへる。*

八月十四日。くもりて風すゞし。晡下土州橋病院に徃き日用の消化剤と求め銀座食堂に飯す。昨夜オペラ館楽屋口にて朝日新聞発行朝日映画とやら称する雑誌の記者、余の写真をうつさんとて折々楽屋口に来る由聞きたれば、今宵初日なれど徃く事を中止したり。この事のみならずオペラ館楽屋の者近頃は余の発句揮毫を請ふこと度々なり。かくては煩累忍ぶべからず。踊子等と会食してたあいなく時間を消費する楽しみも追々出来難くなりぬべし。*

八月廿八日 晴。正午丸ノ内に用事あり。帰途歩みて銀座に徃く。途すがら、有楽町省線停留場を過ぐ。こゝは日本劇場の裏手なるを幸恋の出会をなす男女幾組もあり。掲示用の黒板に日劇地階の食堂でお待ちしてますと走り書きする女もあり。商店の売子にあらざれば喫茶店の女給らしき洋装のもの多し。〔この間三行弱切取〕停車場前の路上には新聞の売子大勢号外を配布せんとしつゝあり。平沼内閣倒れて阿部内閣成立中なりと云ふ。これは独逸国が突然露国と盟約を結びしがためなりと云ふ。通行の若き女等は新聞の号外などに振返るもの一人もなし。夜浅草オペラ館に行きて見るに一昨日までヒトラーに扮して軍歌を唱ふ場面ありしが、昨夜警察著よりこれを差留めたりとの事なり。〔以下六行弱切取〕*

昭和十四年八月廿九日 晴れて風涼し。夜漫歩新橋和泉屋にて林檎を購ふ。銀座通り人出おびたゞし旧七月十五夜の月よし。街の辻々に立てられし英国排撃の札いつの間にやら取除けられたり。日独伊軍事同盟即時断行せよ又は香港を封鎖せよなど書きしもの其種類七八様もありしが皆片付けられたり。此と共にソ聯を撃てといふ対露の立札も又影をひそめたり。{この間二行弱切取}たり。人の噂によれば東京市役所の門に下げられたる反英市民同盟本部とかきし木の札も既に見えずと云ふ。*


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 15:45:21 (840d)